動物奇想天外
六九郎


海から浜に上がり、上の岩場を仰ぎ見る。げふ。
小魚で膨らんだおれの胃。
こみ上げる魚くさいげっぷ。

さてと、帰んないとな。

仲間達が続々と海から上がり、列をなして崖を目指す。
ぽたぽたとヒゲから海水を滴らせながらゆっくりと歩き始める。
俺の横を後から上がった奴らが追い越していく。
右足を引きずる俺のことを振り向きながら。
いて。いててて。まじいて。
ほんとついてね、つーか、見んな見んな。見ないほうがいーって。
うはっ。
右足の付け根のところ、ぱっくりと口を開いた肉がだらりと垂れ下がり赤黒い血の筋がたらたら。
けっこーひでーなこりゃ。
今朝別れたばかりの嫁の顔とガキの顔。

さてと、登んないとな。

一息ついて立ち止まり登ってきた道を振り返る。
俺の引きずった右足が残した砂の上の線。
でもこの岩場だきゃ。
オタリアどもも登れねーけど俺も登れねーっつーの。
でもほんと死ぬかと思ったよな。
力一杯食いつきやがってあのガキ。
がりぃっっつって。
くそ。
よっこらせっと。
いててててて。
どーぞ、お先に。
俺ちょっとゆっくり目で行くからね。
うわ。
いて。
でも俺も親父になったんだよな。
ひとのガキは何とも思わないけど、やっぱ自分の子供は別だよな。
通い慣れた道なんだけど。
まだ半分しか登ってねーし。
腹空かしてぴーぴー泣いてんだろーな。
ふー、早く帰んないとな。
俺だけ腹いっぱいになってる場合じゃねーって。

ん?
あー、大丈夫だって。
いやちょっと眠くなっただけだから。
いいって。
先、帰ってろ。
おまえの嫁、卵温めながら待ってんだろ。
あ、うちの嫁見かけたらさ、ちょっと遅くなるっつっといてくれる?
心配すっといけねーから。
ここまで来たらもうすぐだし。
ちょっと休んで。
でも、なんか嫁の優しいところしか思い出せないな。
はは、変なの。


自由詩 動物奇想天外 Copyright 六九郎 2008-03-17 23:15:52
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