ラセンウジバエ(雌)の独白
佐々宝砂
1.日没
私はラセンウジバエ(雌)である。
私には名前がない。
ラセンウジバエ(雌)の群の中から
私を識別し同定することは誰にもできない。
二枚の羽があやうくふるえる。
ホルモンは累卵。
ラセンウジバエ(雌)は自ら望んで堕胎する。
自ら望んだのだと信じて堕胎する。
日が暮れてゆく。
世界は
誰のせいでもなく闇に閉ざされてゆく。
ラセンウジバエ(雌)の群は
明日には死骸の群に変わるだろう。
私はラセンウジバエ(雌)である。
2.カーテンの向こう
それについて私は語らない。
カーテンがあるだけましだったと
その程度のことは語ってもいいが。
3.未明
大いなる光明にすべてを明け渡そう!
汚らしい小さな醜い生き物を消し去って!
ラセンウジバエ(雄)が叫ぶ。
累々と並ぶラセンウジバエ(雌)の死骸のうえで。
奇妙にアンバランスなプロポーションの
つるりとした肌の生き物がやってきて
ラセンウジバエ(雄)を聖別する。
彼らは歓喜の中に殉死するだろう。
私ははじめて固有名詞を持つ。
他のラセンウジバエ(雌)がいなくなったいま。
ラセンウジバエ(雄)も死に絶えたいま。
さて私はどうしたらよかろう?
飛ぶしかないから私は飛ぶ。
私はラセンウジバエ(雌)である。