菜の花畑の老夫
服部 剛
この世が
何処まで歩いても追いつかない
見果てぬ場所への旅路なら
仕事の後の
誰も来ない秘密の部屋で
わたしは横たわり
時々現れる
「夢のドア」に入る
足を踏み入れ
振り返ると
背後のドアはすでに消え
目の前に広がる朧な景色
いちめんの菜の花の向こうに
一軒の赤い家があり
歩いていって軋んだ木のドアを開く
独り住まいの老夫はきゅうすを手に
茶をそそぐ湯呑みから
ゆげは昇る
( ちっくたっく ちっくたっく ちっくたっく・・・ )
ことんときゅうすを置いた
老夫はゆっくりとこちらに
顔を上げる
( ごーん ごーん ごーん )
机の上はすでに
ふたつ並んだ湯呑みの間に
一冊の本が置かれ
古びた表紙の題字に
わたしの名前が記されていた