医学生
三州生桑

「遠野物語」を立ち読みしてゐると、私の横にゐた若い女が「モーツァルトの手紙」を手に取ったのだった。
うららかな春の昼下がり、店内には他に客は見当たらない。暇さうな店員が、黙々とポップ広告を作ってゐる。
『一日5分のラクラクダイエット! 夏までに5キロヤセる!』
彼女は医学生だった。胸部外科を専攻してゐるのだと言ふ。残念ながら、詩人は医学書には縁が無い。ブラック・ジャックは読んだが。
「柳田って民俗学ですよね?」
「ええ。でも、遠野物語は詩文に近いですよ」
「ああ、なるほど。さう言へば、折口も歌人でしたね」
医学を解する詩人は少なからうが、詩に親しむ医学生はゐるらしい。
「あなたはモーツァルトに興味が?」
彼女は婉然と微笑み、シャネルのポーチから鋭いメスを取り出すと、私の眼前でタクトのやうに閃かせる。
店員がポップ広告を引き裂いた。気に入らなかったのだらう。




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自由詩 医学生 Copyright 三州生桑 2008-03-12 18:53:09
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