どうしようもない春がくるからピンク
水町綜助

朝が音とともに明けたとして
僕は目を覚ますのか
低い体温の
衣服との間にこもる
すこしの熱が
昼の街に広がっていくのか
肌の表面を右手で触る
なめらかさを見つける
夜のうちに注がれた
グラスの水
水滴の乾きと
平穏な一日の始まりに
グラスの水は静まり返っている

カーテンの開け方
左にレールをすべる音と
観葉植物とかすれる音
光が入るとともに
陰影が生まれて
僕はそれがすきで
おうとつを目で追ううちに南中する
関係のない
太陽と僕との日常

長針と短針の重なりがずれるうちに
ひとつなんでもいい
どうでもいいことを決めてつぶやく
たとえばパンを焼いて食べるか
バターを生のまま塗って食べてしまうか
どちらに生活のテンポが
小気味よく弾ける?
昼下がりに冷めた
飲まれることない珈琲に
波紋を広げる
人差し指のリズムのように

東京を歩く
昼下がり
春の未明
電線が切る
張り付けたような青空に
ピンクに塗った手のひらで
指紋をつけて行きたいよ
それを四角く切り取って
左手に興味のないそぶりでつまんで
見せに行きたい
黄色い電車の路線づたいにさ
口笛の吹けない僕は
歯笛を吹いているからさ
きれいに音階を踏めないんだ
歩くスピードだけは早いんだけど
いつかみた連続写真をイメージしてるから
走るように流れる雲の
不安になるような
はやさを


なんですかヤブからボウに
さいきんそんな言葉を気に入って使ってる
藪から棒だよ
とつぜん物騒だ
叩かれてしまうんだ
それとも一本の
ジャッキーカルパスみたいな棒が
にょきっととびでて
それで終わり
それでもいいんだろうさ
たしかにヤブからボウだ
それをベンチから眺めて
たばこでもふかしてたいよ
ぷかりとひとつ
そんな生活が好みのひとつだよ

僕の友達は酒に酔って
身投げ寸前のどん兵衛のカップに説教していた
橋の欄干に置かれた
すっかり平らげられた
めくれあがった蓋から割り箸を飛び出させたどん兵衛のカップだった
つゆも三分の1飲まれ
葱を浮かべて冷えきった
立派にステレオタイプな大人になったどん兵衛のカップだった

早く家に帰りな
あのオレンジ色の街灯をひとつひとつ
たどって行けばあんたの家だよ
ひとつに着いたら
またひとつ先の街灯まで
歩きなよ
すぐだよ
光をみながらゆっくり足を動かせばいいんだ
オレンジきれいだろ
かすんできれいに見えるだろ
ぼんやりさ
夜に
歩けよ
あるけるよ
朝までには
つくから

やさしくつぶやいて
そいつはめりめりとたばこを吸い
横なぎにどん兵衛を川にたたき込んだ
火の粉が散った
そんな現実だった

僕たち二人は
流れない都会の川に浮かんだ
揺れるカップを上から眺め
波紋のひとつひとつの輪を追っていた

取り残される春が
夜毎細胞を分裂させる
桜のつぼみの結実のように迫っていた

鏡月グリーン

あらためて詩的なひびきの一本ずつがもたらした
酩酊だった
夜に染み出してしまう感覚
鯨飲して
体の中に溜めきれなくなった水分と一緒に
流れ出してしまえばいい
ほらだから
街灯も
滲んでいるだろう


春がくる
どうしようもなく置いていく春が
どうしても過ぎていく
うつろいの季節だ
だからいまはじめて
てくてくとあるき
ホームセンターででもペンキを買い込んで
咲くより前にピンク色を塗ったくって
きみにでも
見せてやりたいとでも
思うよ



自由詩 どうしようもない春がくるからピンク Copyright 水町綜助 2008-03-10 00:36:52
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