マル
アンテ


大きなマルが描きたかった
テーブルには収まらず
床のうえにはうまく描けず
壁は論外で
仕方なく庭に出た
引き潮で乾いた土のうえに
棒で線を引いていくと
小石にぶつかるたび歪むので
取り除いて土をならし
慎重に線をつづけた
時間はずいぶんかかったけれど
満足のいくマルが描けたので
高いところから眺めてみたくて
物置小屋から梯子を出した
屋根に登ろうともたもたしているうち
引き潮が終わり
海水が庭に流れ込んできて
マルはすっかりかき消されてしまった
いったいなにをやっているんだろう
空をうめた雲を見ていると
涙がこみあげてきて
そうだ屋根にマルを描けばよかったんだ
思ったとたん
大粒の雨が落ちてきて
ずぶ濡れになった
あわてて家のなかに逃げ込んで
縁側で髪や服を乾かすあいだ
海水のうえで雨粒がはじける音が
ひっきりなしに続いていた
垣根のむこう側
たくさんの縦の線にまぎれて
柿の木の枝が静かに揺れていた
間違っていることくらい
わかっている
声にだして言ってみた
それでもマルを描きたかった
それだけなのに
すると突然
雨の音が変わった
もう
潮の香りはしなかった





自由詩 マル Copyright アンテ 2008-03-09 23:03:42
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