雲を掲げ持てば風花が散る
右肩良久

 旧ソ連共産党員の娘である彼女が
 映画で見た紅衛兵の隊列や
 そこで振られている赤旗の
 美しさについて語るとき
 地上では風が強かった
 冬型の気圧配置が緩んで
 南から温かい湿った風が吹き込んでいるのだ

 さようなら
 僕らが顔を寄せ合い
 ごわごわした毛織りのコートを重ねて愛を語らった日よ
 菓子の安全性と企業倫理が問われ
 猛毒が混入した冷凍食品が列島に流通していた日々よ
 ありもしない山奥で
 ありもしない巌がじっと動かずにいた日々よ

 やがて彼女は
 北氷洋の大氷塊の、崩落する断崖に立つだろう
 いかなる組織のいかなる資金運用がそうあらしむるのか
 僕は知らないが
 そこは北へ向く地軸の突端であり
 宇宙へ向けて彼女の裸身が突きつけられる現場となるはずだ

 踵を上げ背筋を伸ばし腕を突き上げ指をそらせて
 彼女は真っ直ぐに雲の花束を捧げ持つ
 高く掲げられるものはことごとく脆い
 生まれるそばから
 崩れていくものの果てが

 僕の肩でややあって消えていく
 一片の風花


自由詩 雲を掲げ持てば風花が散る Copyright 右肩良久 2008-03-04 20:14:16
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