ぼんやりと、僕は想う
はるこ


日が経つにつれて、図書室に差し込む日の光も随分とやわらかくなってきた。
なのにあの娘の顔はだんだんかげってきている気がする。
いつも空にいちばん近い席に座る子。
本を読むときだけは、緑色のメガネをそっと置く子。
「佐藤」という名札から見た名前くらいしか知らない。
でもその色で2年生だということは分かる。

「何を、悩んでるんだろうなぁ…。」

「? 渡部せんせー、何か言いましたか?」
前で貸し出しカードの整理をしていた行本が僕の方へと顔を向ける。
「いや。 何でもない。」
何でもないと言ったのに、行本はわざわざ僕の視線の先を辿る。
しまったと外したときにはもう遅かった。
「あぁ、佐藤ですか。 いつもあの席に座りますよね。」
「知ってるのか。」
「知ってるも何も、同じクラスですから。 今日はなんか体調悪そうだなぁ。」
「何かあるのか。」
「いや、聞いてもおもしろくないっすよ。」
「?」
何がおかしいのか行本はくすくす笑った。
「聞かない方が男のロマンは続かせられるかも。」
「ふーん。 じゃあ、いいや。 大体個人的なことを本人以外から聞くのは反則だよな。」
その答えに行本はますます笑い出した。
「せんせーらしいなぁ。 そんなことだからせんせーは慕われてるのかも知れませんね。
 じゃっあたし、仕事終わったんで帰りまーす。」
「おぉ。」

行本の背中に軽く手を振って、僕はまた佐藤の方へと視線を移した。
なーんか、気になるんだよな。 心配だな。
ため息をついた瞬間、メガネをかけていない佐藤と眼が合って驚いた。
いやいや、かけてないんだから見えているはずはないのだろうが、ちょっとどきっとした。

しかし、なぜか佐藤は僕のほうへとやって来、がらりと僕達を隔てていた窓を開けた。

「先生、すみません、ティッシュをお借りすることはできませんか。」
「………あぁ、どうぞ。」
見ると目じりに涙がたまっている。 彼女は取るなりすぐさま鼻をかみ始めた。
僕はその時ようやく合点がいった。

ぼんやりと、僕は想う。
願わくば、君の嫌がるこの季節が早く終わってくれますように、と。


散文(批評随筆小説等) ぼんやりと、僕は想う Copyright はるこ 2008-03-02 22:17:55
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