瞬きのうちに夜になる—シタール
ホロウ・シカエルボク
狂った虫の乱れ飛ぶ強い日向の幻想だ、おまえの喉もとには高熱、あらん限り俺が注ぎ込んだ、強欲な素面の状態…ひっきりなしに喉を鳴らしているのは飲み下すのが怖いせいだろう―蛇口から水滴、濡れた部分のだらしなさを嘲笑うみたいに気の無い調子で跳ねていやがる、用意した茶器が役にも立たないうちに埃を被っているのが見えるだろう?
いかさまなアンテナのラジオから地方のニュース、とある事故の死亡者数のアナウンスの途中で血を吐いたブロック塀の上の野良猫、それが地面まで垂れるのを待って舐めているバセットハウンドのグロウリー…意を決して飲み込んだおまえは激しく咽て昼飯を汚した
俺はそれを罰するために臀部に長い爪を突き刺す
爪の先にこびりついた浅いところの血からは淡水魚の味がする、おまえが肉にいっさい手をつけないせいだ―おまえから産まれた魚を食らう―背びれがもったいぶった指先みたいにビクビクと蠢くのを感じるよ…汚れた皿は庭にでも放り出しておけばいい、所詮焼き上げたものだから生命と同列に並ぶことは出来ないよ
狂った虫の乱れ飛ぶ強い日向の幻想だ…俺の指先は小刻みに痙攣しながらかつての忌まわしいものたちを勘定している…爪の隙間からぽろぽろとそのときの空気が零れ落ちて行くんだ、痒い!それは途方も無いほど痒い、震える指先をおまえの真理に差し込むとおびえた猫のようにおまえは縮こもる、俺のかつての中にひそむものをおまえはすべて吸い込んでしまうのだ、それがどんなものかおまえには判らないから…おまえのエンブリオで痛みに変換される、悲鳴を上げるのはよせ、騒がしいうちは悲劇など本当ではない
目覚まし時計が長い長い時を駆けてベルを叩いている、寿命が機械化された意味の無い蝉のようだ、俺はおまえの中に身体を半分溶かしながらハンマーを探した、まがいものではない、本当に何かを叩き壊すための重力を生み出すことの出来るハンマー、それは苛立って声を上げた口の中に隠れていた、引きずり出して放り投げると目覚まし時計は運命のように壊れ…二度と鳴ることは無かった
運命の音というのは多かれ少なかれ金属音を伴うものだ…俺はそれを文語的表現だとは特に思わない、文語的表現について口を酸っぱくしたがるのは―現実の痛みや痒みを詳しくそうと知らない奴らばかりさ
狂った虫の乱れ飛ぶ日向の幻想、潔く晴れた冬の温度をおまえは知らなかった、それはもちろん俺だって…暴発を繰り返す安物の銃、それを素敵だと言い張る安物のおまえ―塀の上で血を吐いた猫はすでに死出虫で塗れていた、硬質な羽の音…マスタリングのきつすぎるシタールの弦のような…塀の下にいた犬はどこかに行ってしまった、血のついたそいつの足跡の続く先で中年の女の叫び声が聞こえた、喧騒…何か重たい肉を打つような音、あいつもきっと死んでしまうんだろう―哀しみなんて語るものじゃない、俺たちのいまが犬死に同然じゃないだなんておまえには言えるというのか?
冷凍スペースの中でギチギチに冷えた氷がフロイトについて話している、でも俺たちはそんなことに注意を払わない、俺たちが最も眼を見開かなければならない時間はとっくに過ぎてしまったんだ(しかもそれはどんな理由を貼り付けてもまったく何の意味もありはしなかった)氷は解ける…冷凍スペースの中で、ギチギチに冷えたまま…完全に押し黙ったとき、奴は氷でありながら違うものの夢を見ている
老人が枝を振るい、死出虫どもが舞い上がる、見ろ、ああ、見ろ…あれはどんなものにも言い訳の出来ない死…猫は肉塊をわずかに残した骨となり、それはまるで着古されて捨てられた上着のようだ、ぐしゃっとしていて…ぐしゃっとしていて、すべてを諦めたみたいに見える、死出虫どもの羽音、マスタリングのきつすぎるシタールの弦のように響いて…肉の匂いがする、肉の匂いがするよ、なあ、何かを煮詰めているのじゃないのかい、おまえは朦朧として、ああ、だらしなく涎を垂らして…俺たちはどんなことをすればもっとも美しいものになれるのだろう?日向はどこへ行った、日向はどこへ行ってしまったんだ…いつからそこにいたのか判らない雀蛾がひとり
配合の下手糞な眠り粉のような鱗粉を降らせている…