僕の子羊
雨傘

毛糸の束が絨毯の上を転がり、橙色の線を引いた。
日当たりの良いマンションの一室で彼女は編み物を続けている。僕は息苦しさに耐えかねて仕事に出た。枯枝を通った光がコンクリートの上でやわらかく揺れていた。
できて間もない始発駅でいつもの電車に乗り込んだ。蛍光灯が車内を均等に映し出している。
−誰もいない−
正月休みにこんな早くから出社する人などいないのだろう。それでも聞きなれたチャイムが響き、電車は動き出した。彼女が実家に帰ることさえ拒んだのには脱力した。僕が支えるべきだろうが、もう励ます方法が分からなくなっていた。同情するのも白々しく映りそうだった。
 車両の中はいつもより温かい。僕の頭はぼんやりと重くなっていた。停車駅で電車が止まり、扉が開くと、ホームから子羊が大量になだれ込んできた。
子羊はみるみるうちに車内に充満し、僕のわきにまで頭を摺り寄せてきた。どうしようかと、身を縮めていると、一頭の羊が僕の膝にあごを乗せた。首には橙色のマフラーを付けている。見回すと他の子羊たちも桃色の小さな靴下やボンボンのついた水色のマントを付けていた。子羊たちは鳴き声も足音も上げずとても静かだった。僕はマフラーをつけた子羊をそっと撫でた。子羊は目を細め、僕は胴体を抱き上げた。
そのとき電車が大きく揺れ、子羊たちは一斉に姿を消した。僕の膝には陽だまりと橙色のマフラーが残った。


自由詩 僕の子羊 Copyright 雨傘 2008-02-19 01:48:08
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