イグナチオの涙 〜クルトルハイムにて〜
服部 剛
ぼくが司会をする朗読会の前に
亡き友の魂に祈る為
愛する作家の遺作に出てくる
上智大学のクルトルハイムを訪ねた
洋館の重い木の扉を開くと
暗がりの壁に
一枚の肖像画があり
無表情な聖人は上目使いで
なにかを観ていた
作家の遺作に登場する
悪女の美津子と
でくのぼうの大津
誘惑を囁く美津子を抱いて
棄てられた後も
クルトルハイムで祈り続けた
大津のように
十字架にかけられ頭を垂らす人の前で
跪くぼくは
一心に両手を合わせる
「
たまねぎのように
剥いても剥いても
姿を現さぬ
愛の人よ・・
今夜、これから行く場所で
先月世を去った
友に捧げる詩の夜を
皆の言葉を集めて
織り成すことができますように・・・
」
( 足音も無く聖堂に入った
( 美津子の幻が
( 背後から
( 愚直で丸い大津の背中に似た
( ぼくを観ていた
クルトルハイムの聖堂を出て
暗がりの壁に掛けられた
聖人の顔の前にふたたび佇む
( 無表情な両目から
( 頬を伝う涙の滴・・・
*
亡き友に捧ぐ詩の夜を終え
高田馬場の個室に宿を取り
朗読会で読んだ追悼詩を
友の頭のように胸に抱きしめ
横たわる
( 消えていた明かりが
( 天井から
( 突然ぼくを照らした
横たわったまま
静かに瞳を閉じた
僕の両目から
頬を伝う
涙の滴・・・
クルトルハイムで
暗がりの壁から
音も無くぼくに呼びかけた
あの聖人の涙の意味が
少しわかった