「 裂けるため、の眼の。 」
PULL.
前略。
眼を閉じて、
瞼の向こうのあの入り江まで、
ずっと、
裂けてください。
一。
かわいた夜のあなたは眠れない、寝葉樹の葉で煎れたお茶を飲んでひとり、ベットの上で、いつもの手紙を読み返し、やがて、眼を。
二。
ぽとり。ぽとり。
こぼれた雨脚がベッドの上を歩き回り、溺れた枕があわあわと獏の群れを吐き出して、やっとあなたの部屋は、浅い、眠りの波間を漂うのです。机の上の手紙はびしょ濡れで、部屋の、鍵穴からぽたぽた逃げ出した雨脚が、息せき切って階段を駆け上がり、古い、あなたの屋根裏部屋を、すみずみまで満たします。
そうして、天井まで満たされたあなたの家は、ひたひたと、こぼれ、誰もいない夜を歩き出す。
三。
天窓からは月が、手を伸ばし、ひと眠り、掬い上げては雲に垂らします。
うるおった雲は寝返りを打って月を隠し、隠された月はこれ幸いと、十五夜ぶりの居眠をはじめ、眼立ちたがり屋の月のいない雲間ではきらきらと、星たちが舞いひかり、夜を、歩くあなたの家を照らします。
四。
そろり、そろり。
濡れた手紙からことばが剥がれ、枕の吐き出す獏に乗り、あなたの瞼に、悪戯をはじめます。
五。
うなされあなたの家は立ち止まりそのまわりをけたけたと、大股で、雨脚が笑い回るのであなたの家はさらにうなされごぼごぼと、咳き込んで、家中の家具という家具を玄関から、吐き出しました。吐き出された家具たちは次々と、雨脚たちが持ち上げて、近くの夜の水溜まりにけたけたと、投げ入れます。投げ入れるごとに雨脚の笑いはおおきくなり、おおきくなるごとに水溜まりもおおきくなり、ひろがり、激しく、波打ち、笑い、家具のない、やせ細ったあなたの家を揺らし、濡らします。
六。
ふやけた眼球はぱちん!。
と、音を立てて弾けたので瞼は窪み、入り江の奥へと雨脚は歩を進め、かわききった浜辺にひたひたと、足跡を付ける。
天窓からはじりじりと血走った太陽が昇り、足跡をひとつひとつ、消してゆく。
七。
浜辺に打ち上げられた家具を拾い、部屋を、つくる部屋はどこまでも続き、やがて入り江があなたの、家になる。
八。
熱く、ゆっくり沸かした湯の中で、寝葉樹の葉はふるくると回り、葉を開く。裂け眼はじっと、それを見つめ、煎れられるように湯の中に、とけ込んで、ゆく。
九。
雨脚の、かかとを踏んで、あなたは今日も、転びます。眼は雲よりもたくさん雨を含むから、あなたは今日も雨を、降らしました。
さあ立ち上がって瞼を閉じて、波の音のする方へ、裂けて、歩きなさい。
十。
眼に入った砂を落とそうと、裂け眼を海に浸けて瞼を開き、眼球を、あなたはなくしました。
あなたの眼球は海に沈み、朝とともに昇ります。
だからあなたは朝になると、裂け眼を眼一杯ひろげ、あの太陽を飲み込むように、瞼をおおきく、閉じるのです。
追伸。
同封した寝葉樹の葉、
眠れない夜に使ってください。
くれぐれも、
飲みすぎには気を付けて。
了。