オリオンの唄 〜 亡き友への requiem 〜
服部 剛
はじめて車に乗った日
すでに僕は30を過ぎていた
はじめて車に乗った日
先月25になったばかりで
自ら世を去った君のことが
頭から離れなかった
はじめて車に乗った日
握ったハンドルは覚束なくて
教習所のコースでも
車体は車線をはみだして
はじめて車に乗った日
深夜のファミレスで
テーブルに「運転教本」を開き
300円のまぜご飯を
夜食代わりにほおばりながら
誰もいない向かいの席に
あの日の君を浮かべて
( 今日は楽しかったよ )
と言葉も無く話しかけた
はじめて車に乗った日
夜食を終えた帰りの道で
昨日はヴァレンタインなんかじゃなくて
なんでもないふつうの日だった
誰にも言えぬ寂しさを
夜空に瞬く君にそっと打ち明け
月明かりのアスファルトに
猫背の影が伸びていた
はじめて車に乗った日
なんだかもっと
君と話したいことがあった気がして
なんだかすぐに
家に帰りたくない
あの頃の懐かしい気持になって
手持ち無沙汰なこころのままに
近所の川に架かる橋の欄干に凭れた僕は
西に傾くオリオンの
瞬く唄を聞いていた
その時僕ははじめて君に
( 馬鹿野郎・・・! )って
宇宙の果てまで響き渡る大声で
君の名前を呼んだんだ・・・
頼りなくて兄貴になれなかった僕は
もう会うことのない君が
夜風になって枝をしきりに揺らすのを
滲んだ瞳で茫洋と眺めながら
無言の電波を
星の瞬く冬空に・・・
応答願ウ・・・応答願ウ・・・
地上ニ残ル僕達ハ
覚束ナイ人生ノ運転手ノママ
笑イト涙ノ道程ヲ
走リ続ケテユクノデス
ブツカリナガラ
肩組ミナガラ
一ツノ唄ガ
宇宙ノ君ニ届クマデ
唄イ続ケテユクノデス
応答願ウ・・・応答願ウ・・・
明日も僕は地上から
無言の電波を君に飛ばし
教習車の運転席に座るだろう
少し震える手で
鍵を入れる
ギアを引く
ハンドルを握る
夜の向こうへまっすぐ伸びる
未知なる日々を破ろうと
アクセルを踏みこむ