方舟
はな
1.「ナオタへ」
すこやかなよるに
知らないこと を
ふたりで 机にならべた
フライ返しで
ナオタは
ひとつずつ
ひっくり返した
ナオタは
ゆびがやわらかくて
おやゆびが 欠けていて
時折
きらめいている
なにもかも が
二度と訪れない ということを
知っているようなかおで
きらめく
きっと いろんな色がある
見落とされた欠片
ばかりで
できていた
かわたれぼしを見に行ったとき
藍色
すこしずつ 減っていたね
ねじれた
にび色の電車はもう
とおくて、
ずいぶん前に 春は
退屈な
ことばあそびのあとで
風は 呼んで いた
きれいな水
ほとりの
ねえ、ナオタ
たいせつなものなんて
だいじにしまっておかないほうが
いいんだね
けんこうてきな 朝ごはんねって
おねえちゃんが言ったとき
ナオタのこと
一度だけ
おもいだしたのに
2.「ふしぎ」
先日うまれた妖精は
まぶしい部屋で しきりにはばたいている
ぱらぱらとこぼれるものを眼で追うと
ふしぎなつらなりで
揺らめいている昨日が見えた
街明かりのひとつとなって
遠い遠い今日へ
わすれものを取りに ゆく
3.「夜を焼く」
朝を迎えるあなたの
こごえたよるのそらのむらさき
つまさきにこぼれる
ほしくず
金のからすは
さんぼんあし でした
ゆっくりと、月のまわりを、まわっていました
どこかの国のおとぎばなしの
おしまい のつづきで
誰も知らない月のうらがわのまちで
そっとたいようから
とびおりた、からす
あなたのかみのけは
そのときにすこし ちぢれたのですね
海は
凪をなくしました
あなたのむらさきがかったひとみは
空の奥で、ゆれて、
きっといつも足りていました
まばたきをするたび
燃えながらおちてゆく日の
こごえたゆびさきと
あたたかなほほを おぼえていました
朝の空港に
ゆっくりと飛来した 片翼の
あなたのひとみのなかに
燃えているよるの
ほしが
ひとつ
おちてゆくのでした