たましい
Utakata


すれ違う人たちの
魂の先端を少しずつ摘み取ってはポケットに入れる
ひっそりとした動きなので
たいていの人はすれ違っても何も気付かない
ときどき
けげんな顔をして立ち止まり
胸の辺りに手を当てたり
空をちょっと見上げたりする人がいる
たいてい
不思議そうな顔をしたまま
人ごみに押されてどこかへ消えていく


なにしろたくさんの人がいるので
ポケットの中には摘み取られた魂ですぐにいっぱいになる
指先で触れると
それらは硝子の欠片のような透明で澄んだ音を立てる
小さな音なので
たいていは人々の足音にすぐにかき消されてしまう


結局のところ
ただの先っぽにしか過ぎないので
摘み取られても 特に大きな違いはない
先端が摘み取られた魂を
もともとそういう形だったのだと
たいていの人はすぐにそう思ってしまう
ときどき
魂の欠けた部分がどうしても忘れられない人たちが
微かに遠い目をしたままで街を歩いているのが見える

取り返しのつかないことなので
もう謝ることさえもできない



子供たちには
決してそれはおこなわない
いちどだけ あるひとりの子供の魂を摘み取ったとき
ほんの先端だったのに
瞬間 どこかから血が流れたかのように
小さく震えて息を吐いた
そのときの子供の眼を未だに忘れることができない
そのときの子供がどうなったのか もう知ることもできない



十分な量の魂を摘み取ると
うちにかえる
玄関に着いた時には もう日は暮れきっている
明かりをつけてからまず温かいお茶を作る
ひとごこちがつくと
外套を持って奥の部屋へ行く
小さな鉢植えで埋め尽くされたその部屋には
今まで摘み取ってきた魂の欠片が全て集められている
まだ何も植えていない鉢を幾つか取ってきては
土の中に 今日摘んできた魂を丁寧に埋めてゆく



たいていは一週間で
土から芽が出る



晴れている昼下がりには
全ての鉢を庭に出して日に当てる
それほど寒さには強くないので
日が暮れ始めると鉢は奥の部屋に戻る
街へ行かない日
それがいつもの仕事になる



ひと月ほどで
手のひらほどの大きさの先に
魂は小さな花をつける
花の形はひとつひとつ違うが
質自体は誰の魂でもおおきな違いはない
三日ほど咲きつづけた後
それは急に枯れてしまう
種はできないので
同じ魂から二つの花を見ることはない
枯れ切った後
鉢だけが新しい魂のために奥の部屋に戻る




あのときの子供の魂だけは
植えずに小さな硝子瓶の中に取っておいてある





花は
やわらかないい香りがするし
葉からお茶を作ることもできる
身体は温まるし喉にもいいようなので
ときどき他所からお茶の葉を分けてもらいに来る人もいる
天気のいい日に お茶や
ポプリを作ったりするのも
仕事の一つです



ときどき
ことに雨が降り続いたりして
お茶を飲みながら ガラス窓越しに外を眺めたりしていると
今まで摘み取ってきた魂のことを考える
芽を出す前の
硝子の欠片のように無機質な魂の先端
それぞれが異なった人たちのものだったはずの 魂たちのことを
それらから育てたお茶を飲みながら
魂を持つのがどういうことなのかを考える

なにしろ
魂を持っていないので
自分自身のそれを摘み取ることもできない

そのことを考え始めると 少しだけ哀しくなるので
たいてい
他のことに考えを移してしまう
たとえば
明日の天気とか


あした晴れたら

あした晴れたら
作りかけのポプリの様子を見た後で
もう一度街へ出てみようと思う
空の鉢はまだ五つほど残っていたはずだから
うちに帰ったら それらに植え付けをしたあとで
頼まれていたお茶の葉をお隣に届けに行こうと思う



もしかしたら死神と呼ばれるのかもしれない それが
僕の仕事です





自由詩 たましい Copyright Utakata 2008-02-13 06:05:23
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