バンドネオン
角田寿星


レクエルド。
砂時計が音もなくなだれを成して舞い墜ちる
夜にあなたは迷いこんできたちいさな銀河を
手のひらでつつむように抱きとめる 葉脈を
透かしてみえる地球の裏側では生れながらに
しろい瞳のマリーアが影のまま生きつづけた
腰かけた椅子がわずかに浮きあがりそれでも
なお部屋に壁は在り床が在って誰も知らない
ラピュタがゆるやかな光芒をはなつ雲の濃淡
垣間見えるのはおそらくあなた 忘れられた
歌をうたう バンドネオンのはじまりだった

ハカランダ。
水のにおいがする波の音がきこえる日だまり
にたたなずむギターのように古い三階建ての
事務所あなたは仕事でいそがしく窓をあける
知る人のない並木道を踏みしめた 薄紫色の
花の絨毯をふたり 深く知ることの難しさを
確かめようとかたく手を握りしめる瞬間その
手のひらと手のひらのわずかな間隙を狙って
散りゆく花のかけらが忍びこみ溶けて静脈を
遡る 毛細血管から支流を抜け本流へやがて
心臓ちかくの大血管に到達する あたたかい

オルヴィード。
色鮮やかに縁どられた外壁を持つ建物の群れ
が鳥のように河岸に列をなす折しもあなたは
源流より大河へつづくながい旅程を終えよう
としていた草原を渡りあるいた記憶も誰から
ともなく伝えつづられた物語もたった今この
雑踏でうたいおどられる劇中劇さえも過去の
事象として忘れられた 変わり果てたあなた
にとってあなたは誰なのか思い出せない風が
いつしか体内をめぐりあなただけが持つただ
ひとつの音を響かせる バンドネオン ロカ


自由詩 バンドネオン Copyright 角田寿星 2008-02-13 00:28:01
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