「廊下と金魚」
菊尾
細い声で 途切れ途切れに口ずさむ
なんの歌だったか
視界が揺れて瞼を閉じた
金魚鉢に立つ波紋
いつまでもそこで眺めてる
廊下の途中うつ伏せで
素足の君は眺めてる
黙っていても声がする
生き物の騒ぐ音がする
君の唇に隙間が出来て
少し大きく息をした
長い真昼
影が伸びるまでの間
閉じ込めるように
思い出すように求め合う
人は案外、容易く壊れてしまうから
僕らは互いの髪を撫でながら
何度目かの夢に落ちていく
通りで影踏みをする子供
飛ばされて小さくなる赤い風船
東の空に乾いた破裂音と残煙
奥で泳ぐ二匹の金魚
廊下で冷やされる二つの身体
名前を呼んでも
仕草を憶えても
きっと僕らは外れてしまう
感情は欠落したけど
それでも脚、指、舌で絡み合う
ふたりの間にあるもの
言葉にしてみせてと君は言う
言葉にはしないほうがいいと僕は言う
許される嘘を知っていると君は言う