ひだまりつつみ
雨傘
―今日のうちに降るだけ降ってしまえばいいのよ―
受話器の向こうで母が言った。相槌を打ちながら片手でガラス戸を開け、グレーの空を仰いだ。激しくはないが単調に降り続いている。家族内での大きな行事はなんとなく居心地が悪い。改まるのも気恥ずかしい。受話器を置くことができず、庇から落ちる水滴を数えていた。
玄関先でチャイムが鳴った。明日の時間の念押をし、急いで電話を切った。ドアを開けると白い服を着た初老の男性が立っている。
「はじめまして、あなたにどうしてもお会いしたくて」
男性は彼の親類だと名乗った。明日の式には、訳あって出席できないので足を運んだのだという。
「以前、あなたがいらしたとき、裏庭から声だけお聞きしたのですよ。よかった、思ったとおりやさしそうな人で。わたしも安心しました。」
そう言いながら、男性は四角い風呂敷包みを差し出した。わたしが両手を出して受け取ると、驚くほど軽かった。男性は深々とお辞儀をし、結び目はゆっくりと開けてくださいね。と言い残し、雨に濡れながら帰っていった。その後ろ姿には白いふさふさとした尻尾が満足そうに揺れていた。
ドアを閉めると涼やかな風がひとひら走り抜けた。わたしは風呂敷包みを膝に置き言われたとおりに結び目を解いた。絹のような布は掌をさらりと滑り落ち、その瞬間こうばしい匂いとやわらかな光が部屋中にひろがった。
―干したての布団にもぐりこんだときのぬくもり、
草の上をはだしで駆け回った感覚…
湧き上がるイメージに堪えきれず目を閉じた。
ゆっくりと目を開けたとき、窓ガラスには水滴がきらきらと光っていた。