プラネタリウムの夜
ましろ

星が見たいの どうしても。
地方から上京したての彼は
翌日 東京にあるプラネタリウムを探してきた

講義を終え掲示板の前で落ち合う
いつものように私は彼の後ろにまわると
彼の背負っているリュックサックから垂れている
長い紐を握りしめた

総武線に乗ってしばらくすると
彼が一人で暮らす七和荘のある駅は
過ぎていった
乗り継ぐたび駅は小さくなる

彼曰く プラネタリウムがあるという
田舎臭い駅を出ると
ぶるっと体が震えた
雪がちらついていた
傘はない 
けれどコートは着ている
子供の頃に見た
あの 丸くて暗い不思議な空間で
大きな星がみられるんだ
彼のリュックの紐を握り白い息を弾ませた

ぐんぐん歩く
ただ 彼の紐を信じて

寒い
いつしか彼に手を握られていた

気がつけば辺りは真っ暗で
ずいぶん寂れている

おかしいな。
地図を片手に
彼は盛んに髪をいじりだした
動揺すると必ず出る仕草
身も心も弱すぎる私は震えてしゃがみこんだ
足がじんじんし手は凍えて唇は紫だ
迷ったみたいなんだ…ごめんよ。
まさか喫茶店らしきものなどない
ほら、ここにいたら凍えちゃう。
なんとか立たされると
引きずられるようにして泣きながら歩いた

あ、こっちだこっち!
どれくらい歩いただろう
体が麻痺してよく聞こえない
肩と腰を抱えられながら
ただ 歩く

着いたよ。あれだよあれ。
プラネタリウムに倒れ込んだ私は
そのあまりの小ささに
悲劇的にベンチに突っ伏した

ロビーは静寂に包まれていた
ふたりきり

ごめんね。迷うなんて。 
でも、最後の上映には間に合ったから。
彼は 無言の私の
凍えた肩 背中 手をさすった

靴と靴下を脱がされて私は目を開けた
素手で 濡れて固まった両足を包み
息を吹きかけては擦り温める
汚い足の指一本一本

最後の上映開始ブザーが響いた
それから私たちは
隣の席に座って
一組の子連れ家族 サラリーマン風のおじさん一人 女性二人と
小さな白い天体を見上げた
音楽が流れ闇が訪れると
映写機からいろいろな星が燦めいて
伝説とともに眠っていった

この時だったと思う
この人と結婚しよう
私の奥深く芯のところで一つ固めたのは


今ではときどき
山まで星をみにいく
雲が少ない夜は
名もない星が燦めいて流れていく

体が冷えはじめると
炒れてきた熱いお茶を
わたしは差し出す


自由詩 プラネタリウムの夜 Copyright ましろ 2008-02-07 11:51:24
notebook Home 戻る