シンキンコーソク
大覚アキラ
朝の七時に電話が鳴るのは
たいていの場合
良い報せではない
+
受話器の向こう側で
母が
お父さん、昨日の夜、シンキンコーソクで、
と
妙に軽やかな声で言った
+
シンキンコーソク
シンキンコーソク
シンキンコーソクって何だ
+
数十分の一秒の刹那に
ぼくの頭の中に最初に浮かんだのは
信金光速
という文字で
ヒーローじみた姿に扮した父が
信用金庫に向かってすごい速さで飛んでいくという
映画のワンシーンのような映像だった
+
次に思い浮かんだのは
thinkin'拘束
という文字で
ロダンの“考える人”のような姿で
椅子に縛りつけられたオヤジが
苦悩の表情で沈思黙考している映像だった
+
母は
相変わらず軽やかな口調で
夜中に救急車呼んで、それはもう大変だったの
と言った
+
救急車という単語を耳にして
ようやくぼくの頭の中で
シンキンコーソクという音が
心筋梗塞
という文字に変換された
+
お父さんったら、自分で119番に電話したのよ
と
笑うように言った母の声は
すこし震えているような気がした
+
電話を切った後も
ぼくの耳の奥には
シンキンコーソク
という母の声がこびりついていて
なかなか消えなかった