シンキンコーソク
大覚アキラ

朝の七時に電話が鳴るのは
たいていの場合
良い報せではない



受話器の向こう側で
母が

 お父さん、昨日の夜、シンキンコーソクで、


妙に軽やかな声で言った



シンキンコーソク
シンキンコーソク
シンキンコーソクって何だ



数十分の一秒の刹那に
ぼくの頭の中に最初に浮かんだのは

 信金光速

という文字で

ヒーローじみた姿に扮した父が
信用金庫に向かってすごい速さで飛んでいくという
映画のワンシーンのような映像だった



次に思い浮かんだのは

 thinkin'拘束

という文字で

ロダンの“考える人”のような姿で
椅子に縛りつけられたオヤジが
苦悩の表情で沈思黙考している映像だった



母は
相変わらず軽やかな口調で

 夜中に救急車呼んで、それはもう大変だったの

と言った



救急車という単語を耳にして
ようやくぼくの頭の中で
シンキンコーソクという音が

 心筋梗塞

という文字に変換された



 お父さんったら、自分で119番に電話したのよ


笑うように言った母の声は
すこし震えているような気がした



電話を切った後も
ぼくの耳の奥には

 シンキンコーソク

という母の声がこびりついていて
なかなか消えなかった


自由詩 シンキンコーソク Copyright 大覚アキラ 2008-01-29 14:26:16
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