雨の線
佐藤犀星
雨の日には 何もせずに
暗い部屋の真ん中に
座る 僕は
四隅に巣を張り
蜘蛛になる
時が過ぎ去るのを
じっと待つ
抜け殻
上空の
重苦しい雲から
流れ落ち
煤煙に塗れ
木の葉を打ち
そして排水溝に
水が流れる
時も
遠く流れ去るのだ
まだ年端もいかない
幼い子どもの頃に
蜘蛛を潰したことがある
生暖かく柔らかい黄色の毛を
人差し指の腹で押すと
蜘蛛は八本の腕を伸ばし
沈むように息絶えた
泡のように
卵が零れ落ちた時の
機械の音のような
掠れた音を
忘れることが
出来ない
窓の縁に
雨の線が滴り落ちる
まるで蜘蛛の糸のように
細く垂れ流されている
雨の線になぞって
無数の小さな卵が
泡のように
零れ落ちてきたように
見えたのだが
それはきっと
卵ではなく
泡立った涙だったのだ
僕はその涙が
何処へ流れ去っていくのかを
知ろうともしない
ただ時が過ぎ去るのを
じっと待つ
抜け殻