足りないもの
小川 葉

おじいさんが
ランドセルを背負って
元気に登校していく
おじいさんは
まだ三時間目なのに
給食を食べる

お父さんは
車輪のない自転車で
道なき道を
どこまでも走っていく
お母さんは
潰れてしまった喫茶店の前で
店が開くのを
もう何年も待っている

おばあさんは
線路沿いに捨てられた
悲しい欠片ばかり拾い集める
集めたものを仏壇にお供えして
今はこんなに豊かです
掌を合わせて呟く
僕は部屋の片隅で
生まれる予定のない弟に
勉強を教えながら
足りないものを数えている

窓の外を
牛の親子が通り過ぎていった
その先に
工場のような建物がある
たぶん足りないものは
そこで作られているのだろう

おじいさんが
泣きながら下校してくる
ランドセルが空っぽだったことに
気づいたからだ
同じ理由で
お父さんとお母さんも
昔みたいに笑って帰ってくる

家族が家族になって
ひさしぶりに夕食を食べる
僕はもう大人になっていて
妻と二人で食べている
あの日足りていたものが
今はもうすっかり
足りなくなってしまった


自由詩 足りないもの Copyright 小川 葉 2008-01-24 22:21:10
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