マラソン
木屋 亞万

遠くに見える足の裏を追いかけている
背中の向こうに雲と空と白い息と
颯爽と抜き去った後の
少し未来にいる半透明な自分
胸の隙間が肺に押し込められていく
締め付けられて息が苦しい
向かい風が頬を打ち
鼓動が激しくそれに答える
足の裏は交互に視線を送ってよこす


 マラソンは終わらない
 巻末はゴールではない
 新たな始まりへの開放
 次の巻頭詩が呼んでいる
 紙が捲れる度に
 指先の汗が控えめに
 本に道しるべを残していく
 右側に集まっていく紙の
 裏が
 隣に座る
 白髪の老人に
 優しい視線を送っている
 のを
 私は知っている



兵士は戦場を背に走る
勝利を胸に抱えて
不要な装備を脇に捨てようと
幾度となく
思いながらも
立ち止まる時間が
惜しくて
伝えなくてはならない使命を
何度も何度も背負い直し
あの木まで全力で走ろう
あの川まで全力で走ろう
もう少し速度を落とさずに
一刻も早く
我らの劇的な勝利を
歴史的な相手の壊滅を
粘り強く戦った同胞の活躍を
伝えなくては
この目で見た光景を
故郷で待つ者達へ



トラックをあと2周走れば
白いラインを踏み越えれば
驚くほどに長かった
耐寒マラソンは終わる
短パンから出た
白くそして赤く鳥肌の立った足を
前へと押しやって
聞こえ始めた歓声に
背中から引き上げられながら
感覚を失った足の裏を
地に打ち付けていく
腕を振るも手は振れない
私を見ていて欲しい人の
声を聞き分けて
最後の力を振り絞って
歩幅を少し大きくする


 しばらく歩いたあと
 座り込んだ私の元へ
 先にゴールしていた
 あなたがタオルを渡しに来る
 顔は多分赤くなってしまって
 息もまだ荒いけれど
 それが治まる気配はなく
 空が透き通るように綺麗で
 温度の低い青で
 薄っぺらい雲が流れる


 

走る兵士と本を読むおじいさんが見えた


声は少し掠れて
余裕な顔のあなたは


葦毛の馬に跨る武将が最期の笛を吹くのを見た


何かに耳を澄ますように
目を閉じて空を見ていた
シャツが背中に張り付き
足の裏は地に張り付いていた


自由詩 マラソン Copyright 木屋 亞万 2008-01-22 15:01:18
notebook Home 戻る