早いひと
恋月 ぴの

わたしのあげた小さな声を
今か今かと待ちかねていたかのように
彼はわたしの身体からそそくさと出て行った

愛し合う余韻に浸ることもなく
そして満ちはじめようとした潮の流れが
素っ気なく沖合へ退くかのように
わたしの身体は閉じていく

出会ったときから彼は早かった
でもそれは際どい欲情ゆえの早さだと思っていた
わたしの身体に男の人が酷く興奮してくれる
それは女にとって決して悪い話ではない

おやすみの挨拶をするでもなく
彼は寝息を立て深い眠りについている

はだけたブラウスの胸元とか
大胆に組み替えた腿に突き刺さる
男のひとの好奇な視線は
わたしが忘れられた女とはなっていない証し

トイレで彼の痕跡を洗い流す
それは忘れ去られた羊歯類にも似て
ビデの勢いに逆らうことも無く流されていった

相も変わらずすっきりとしない朝の目覚め
燠火のように何かが心の裡でちろちろと赤い舌を出し

今では物置小屋と化した部屋を覗くと
彼はケージの中から媚びた表情でわたしを見上げる

今夜は得意先との会議で遅くなるから

窓の外では集団登校する子供らの嬌声が響き渡り
わたしは買ったばかりのコートに袖を通す



自由詩 早いひと Copyright 恋月 ぴの 2008-01-19 19:13:02
notebook Home 戻る