早いひと
恋月 ぴの
わたしのあげた小さな声を
今か今かと待ちかねていたかのように
彼はわたしの身体からそそくさと出て行った
愛し合う余韻に浸ることもなく
そして満ちはじめようとした潮の流れが
素っ気なく沖合へ退くかのように
わたしの身体は閉じていく
出会ったときから彼は早かった
でもそれは際どい欲情ゆえの早さだと思っていた
わたしの身体に男の人が酷く興奮してくれる
それは女にとって決して悪い話ではない
おやすみの挨拶をするでもなく
彼は寝息を立て深い眠りについている
はだけたブラウスの胸元とか
大胆に組み替えた腿に突き刺さる
男のひとの好奇な視線は
わたしが忘れられた女とはなっていない証し
トイレで彼の痕跡を洗い流す
それは忘れ去られた羊歯類にも似て
ビデの勢いに逆らうことも無く流されていった
相も変わらずすっきりとしない朝の目覚め
燠火のように何かが心の裡でちろちろと赤い舌を出し
今では物置小屋と化した部屋を覗くと
彼はケージの中から媚びた表情でわたしを見上げる
今夜は得意先との会議で遅くなるから
窓の外では集団登校する子供らの嬌声が響き渡り
わたしは買ったばかりのコートに袖を通す