手料理
小川 葉

あの夜の夕食を思い出せないまま
今日まで生きてきた
妻が初めてつくってくれた手料理は
少し難しい名前だった気がする
思い出してるうちに
思い出すことさえ忘れてしまって
思い出せないまま
歳をとっていくのだろう
死に際
妻に看取られて
最後に何か食べたいものある?
そう聞かれた時
僕は食べたいものの名前を
すらすらと言えるだろうか
あるいはやはり思い出せずに
君が初めて僕につくってくれた
「あれ」が食べたい
そう言ったとして
しかしその年老いた老女は
あの夜の事を覚えているだろうか
不意にキッチンから妻の声がして
今夜は親子丼でいい?
ついに思い出した
僕はもう
死んでしまってもよかった


自由詩 手料理 Copyright 小川 葉 2008-01-17 22:49:10
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