雲の上のひと
恋月 ぴの

いくら落ち目のわたしだからって
何でこんな仕事しなきゃいけないのかな
数人のテレビクルーを引き連れて
どれだけ歩いてきたんだろう

雲の上を歩かされるなんて思ってもみなかった

富士山の八合目あたりで
重く立ち込めた厚い雲にはしごをかけ
よっこらしょとよじ登った雲の上

ふわふわに膝まですっぽりと埋まってしまい
歩きにくいったらありゃしない

しかも雲の上まで迷い込んだ渡り鳥を捕らえたら
「とったどぉ!」だなんて
売れないタレントの真似までさせられた

雲の切れ間からは地上の様子が良く見える

スタッフの合図で下を覗くと蜜柑畑が広がっていて
見覚えのある小学校の校庭が見えてきた

あれって、わたしの母校なのかな

ありったけの生徒が小さな校庭に集まって
こっちに向って手を振っている
やらせでも何でも涙が出るほど嬉しくなったよ

泣いたらしょっぱい霙が降ったりして

さっきまで見え隠れしていた富士山の頂きも
今はもうすっかりと雲間に隠れてしまい
これで撮影終了だよねとスタッフのいた方向を見やれば
そこには誰の姿も無く何処までも雲が拡がっているばかり

そうだったよね、
ここからはひとりで歩いて行くんだよね

群青色に輝く空のずうっと向うまで
ひとりきりの旅がはじまる

今さら弱音なんか吐いたりしない
誰かが何処かでわたしの名前を呼んでくれるから


自由詩 雲の上のひと Copyright 恋月 ぴの 2008-01-16 19:55:30
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