居眠りする地上の家々の
凛々椿
足のなくなる夢を見た
明くる日
そっと旅立つことにした
ボストンバッグには花びらを敷きつめた
赤い 椿の花だ
空は白んで
風はたおやかに
光は痛々しく心に染み
地上には格子状の影が連なり
触れ合わぬように密に近づく家々は
声を忘れた人の群れのようです
私の群れのよう
9時56分発こだま537号新大阪行き
がらんとした車内は
たくさんの町を知っていた
赤い屋根
あぜ道
黄緑のビルディング
絡み合う電線
地上は
いろんな音がするよ
車や
ヘリコプターや
さえずりや鳴き声や
笑い声や
気のふれた声も
ががごがごががががが と
不器用な話し方で
戻ろう
午後を少し回る時
留め具が外れて
花びらがばらばらと空に飛び出した
そんな夢を見た
野良猫のちょっとした仕草だとか
雲の名前とか
あの人は今何をしているのか
とか
知らないことがたくさんある
知りたいことがたくさんある
知りたくないことも
今日も三字橋のたもとには包帯靴の老人が座り
国道は車輪でせわしなく削られ
街路樹には鳥が集い
そして私はこれから元に戻って
弱々しく呼吸を続けていくのだろうけど
でも
少しだけ変われるだろう