ウォーター・フロント〜幻想曲〜
渡 ひろこ

闇の中を漕ぎだしていた
引きよせるのは
奈落からのとろりとした旋律


あらがわず
身をゆだねることの心地良さ
どよんとした
澱に堕ちていく意識
にぎった櫂がゆっくり波紋を描く


水面みなもはひそひそざわめきながら
また一人
迷宮の海へと送りだす


一縷いちるの望みで見上げても
目をふせるおぼろ月
淡いふちどりから
憐れみだけを静かに照らす


どこかで手招きしてるのは
やはり女の白い手か


橙色の灯が遠くにじんで
舟底を打つさざ波


ゆられているのか
ゆさぶられているのか
闇にとけた潮風に問うても
おくれ毛を撫でながら
ふくみ笑いで通りすぎる


水先案内人は
とうに化石となって泥の中で眠り
行き場を失った小舟は
いくつもの白い手に弄ばれる


混沌としたゆらぎ
扇形にしずむ
波のはざまに
とろとろ満ちてくる旋律


うら返った意識に
拍動を送りこむ音の重なり…





幻想曲が降りてきた





ふと 目を開けると
眼下の夜景のパノラマに
五線譜がひろがる


ガラス越しに映る暗い水面みなも
それでも私を誘っている









自由詩 ウォーター・フロント〜幻想曲〜 Copyright 渡 ひろこ 2008-01-15 19:55:29
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