十九首・・・じゅうくしょう・・・
佐々宝砂

十九の生首がの、あったと申すよ。
小さな川のほとりにぢゃ。
昔お前がよく焼き芋を買った店の向かいぢゃ。
あのころお前はしじゅう鼻の具合を悪くしての、
あの店の裏手の病院に通った。
雑貨を並べた店先にの、
焼き芋を焼く大きな窯があったの。
覚えておるか。
そうか、覚えておるか。
あの店の前にの、
寺と塚があったのだ。
それが首塚ぢゃ。
今もある。
大きな塚一つと小さな塚が十八ある。
覚えておる人は覚えておる。
十九の首のことを、な。
あれはな、戦国の世の、そのまたさきの世のことぢゃ。
無論わしも生まれてはおらなんだ。
この川のほとり、あの塚の場所に、
東国から将門の生首が飛んできたと申す。
そのころ塚はなかったのぢゃ。
生け捕られた生首はもう半ば腐っての、
切り口からは茶色いぬらりが垂れ下がり、
見開いたまなこはどろりと濁り、
ざんばらの髪はねちねちとぬめっておった。
そんな首が飛んできたのぢゃ。
それも一つではない。
全部で十九の生首がのう、
将門の首を大将のように真ん中に据えての、
まっしぐらにここまで飛んできたと申す。
人々も驚いたが、
何よりも川が驚いた。
川は逆巻いて赤く染まり、
それを見た人はこの川を血洗川と呼んだ。
そして土地の名を、
十九首と書いてじゅうくしょうと名づけた。
のう。
今もこの川は血洗川と申すが、
じゅうくしょうの名は廃れるであろう。
今は十九の首の話を伝えるものがおるが、
そのうちみな老いて死ぬであろう。
お前は、老いて死ぬまでは覚えておれ。
小綺麗なマンションが建ち並び、
曲がりくねった道が区画整理され、
将門の首塚がなくなっても、
お前は覚えておれ。
そしてな、
いつかわしがしているように話すのぢゃ。
腐れた生首が十九、
ここに飛んできたと、な。
はるか昔の話ぢゃが。
はるか昔の話ぢゃが。




自由詩 十九首・・・じゅうくしょう・・・ Copyright 佐々宝砂 2008-01-15 04:00:57
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