「私」
菊尾

私はマンションだ。
各階の住人はバラバラだ。
真夜中、隣人の騒々しさに腹を立てる302号室の住人。
夜泣きが止まないと育児ノイローゼになる405号室の住人。
ロケット花火を打ち上げたりツバ垂らしたりして遊ぶ屋上の子供達。
皆、私の分身だ。

私は陽炎だ。
近付いても近付いても距離がある。
だがそれは私からも言える事。
あなたが見ているのは錯覚。そこに私は居ない。
見えているように思えているだけ。それは違う別の私。
そんな内は遠くから眺めていよう。

私は長い廊下だ。
薄暗い雰囲気で誰かに個室へ案内されるのだろう。
そこで話される内容はどんな事なのか。
それを私は聞いているだけ。
会話の後の身体の重みを私はただ受け止めるだけ。

私は深い森だ。
そこで呼吸を取り戻す人も居れば
方角を失い帰れなくなる人も居るのだろう。
私はただそこに在るだけだ。
選ぶ道はあなたが決めればいい。


私はどこにでもいる。
私は近いが遠い。
私はあらゆる時間の中を丁寧に居たいだけ。


あなたにはそんな私が
必要ですか?


自由詩 「私」 Copyright 菊尾 2008-01-14 18:10:37
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