終わりに着いたねと君は言った
Utakata















陸地がだんだんと溶けていってしまったので
今はもう 小学校の運動場ほどの大地
そして水平線
終わりに着いたんだね、と君は言う






運動場ほどの大地
たぶん
子供のころにずっと踏みしめていたものと同じはずの
乾いた土

窓際の席で窓硝子越しに眺めていた
(はずの)
一輪車と石灰の粉とホームベースと
大縄とゴールネットと真夏の影があった
(はずの)

同じもののはずだった
埃のような細かな
乾いた土

ただ一つだけ
子供の頃が何なのか もう憶えていないだけのことだった

君は首を振る
君は首を







水平線
波はずっと前に死んでしまった
もう雨も降らない
太陽はもう動かないので
明日がいつを指すのかはもう誰も知らない
風はまだいくらかは吹く
まだ辛うじて世界は回っているのだと分かる

きっとそのうち
風も止むだろう

(終わりに着いたんだね、と君は言った)




失われたものたち
失われたという記憶さえ失くしたものたち
例えばそれは
僕たちの子供の頃の記憶であり
明日なんていうものの概念であり
それこそ
未来という言葉の意味だった
僕らの言語には多分
次々と失われていく過去形しかなかった
けれど今ならまだ
語るべき事柄はまだ残っているはずだった
今ならまだ





今ならまだ
大地のことを話すことができる
君と
(まだ忘れられていないことなら まだ語ることができる)
例えば
例えばそれは裸足の足の裏が持っている記憶
柔らかな初夏の草の上をどこまでも歩いていく記憶
地下道のなかで発酵した泡のように響く無数の足音の記憶
例えば
例えばそれはずっと昔
今はもう溶けてしまった大地の上で
初めて二本足で立ち上がって辺りを見回した僕らの
僕らの祖先の記憶

そういったものたちのことを話すことができる
君と



終わりにはもうたどり着いてしまったので
これからはもうどこに行く必要もない
無垢な
果てしなく無垢なおはなし




僕たちのいる場所が溶けはじめてきたので
僕たちは大地の中心のほうへと移動する
僕たちの声は水平線に囲まれるなかでひどく小さくなってしまったので
僕たちはお互いの口を耳に近づける
僕たちのお話が続く限り
僕たちの声はまだ死なないことが分かる

そして僕らが一言ずつ言葉を発するごとに
お話は確実に終わりに近づく
(だから)
だから僕たちは際限のない話を続けていく
子供の頃
よくそうしていたように
手と手を合わせて






君にいままでで一番近づけたような思いを持つ
僕らの声は
まだ辛うじて生きている風が運んでいくだろう




自由詩 終わりに着いたねと君は言った Copyright Utakata 2008-01-13 04:35:09
notebook Home 戻る