一月一七日が近づくと
kaori*

一月一七日が近づくと 朝靄の中 仮設住宅の立ち
並ぶ 通学路を抜けて 初めて学校へ行った日を思
い出す 眠る街は 雪を待つ すれ違うこともでき
ず 呼び止められて 思わず受け取ってしまった 優
しい挨拶 友だちになれたかもしれない 少女たち
のお喋りを 背に 坂をのぼる 振り返ると 街の朝
が 挨拶を 交わすところ

一月一七日が近づくと 下宿先のおばあさんが 注
意深く 未明の朝 を探しにいく あちこちに 灯
された祈り ひとつひとつ 手繰り寄せ 夫に 会い
にいく 今年 ひとりでオーストラリアへ行きました 
と 短い報告をする 朝のプラットホームは 明日か
ら 流れてくるラジオを 聞いているみたい 二つ
の人影が 夜明けの音に 耳を 澄ましている

一月一七日が近づくと 校庭の片隅 湿ったドクダ
ミの匂いが 立ち込める 石碑の傍で 三人の少女
たちが笑う 白い手には 捧げられたスイセンの花 
全校集会の最中 誰かが 鳴らした SOSを 指差
しながら 聞いている 生徒たちの歌声に いつの間
にか 授業中まわしそこねた 書きかけの手紙 の
ワンフレーズが リフレインしている

一月一七日が近づくと きれいに区画されて 消えて
しまった父の家 を見ようとして 目の奥が きゅ
っと 痛む JRガード下近くの狭い家 きっと
あの朝 つぶれてしまっただろう 勤労少年だった
父 新聞配達中に走った生田の路地裏 レコードを買
いにいった元町の中古屋 父はどこか 通り過ぎて
いく時間 名前のあるなしを問わず  数えきれな
いものが 流れていく 通学電車から 見えた須磨の
海 に 揺らめく 朝の光 変わらず 忘却から 抗っ
た 痕跡を 浮かべている

一月一七日が近づくと 図書室から見た神戸の街を
思い出す 中庭の しだれ梅 ソメイヨシノ のず
っと向こう 家やビルや阪神高速の向こう 瓦礫や
砂塵を越えて 何隻もの船が 行き交う 凪いだ海
空との 境界線を 忘れて どこまでも 続いていく 
生きていく 美しいものも 醜いものも 飲み込んで
街は 生活の音 を立てている 坂道を下りながら
スカートの丈ばかり気にしていた 帰り道 未だ 手
付かずの空白が すっかり崩れかけた門を 支えてい
る 住みかに 気配だけ残して 足元で 空に微笑む 
タンポポの綿毛 がひしめきあうばかり

桜が咲く頃 船が出るよ

言いかけて
朝の光の中 
止まったままの少女の唇
日々を愛しむ形 
友達になることができなかった少女と
フェンス越しに
鈍く光るものが
飛び立つ空を睨みながら
一月一七日を
渡っていく



自由詩 一月一七日が近づくと Copyright kaori* 2008-01-12 02:37:35
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