Country of last things
Utakata


この手紙があなたに届けばいいと思います。
お元気ですか。


こちらでは、毎日少しずつ、何かが消えていきます。
壊れるとか、崩れるとかいうのではなくて、
昨日までそこにあったものが、今日にはどこにも見当たらないといった風に
ただ単純に消えてしまいます。
いつからこんな風になったのかは もう誰も憶えてはいませんが、
数年前と比べると
街の人口は四分の一ほどに減ってしまったし、
街の面積も半分ほどになってしまったようです。
今でも
毎日二、三人の割合で人は消え
毎日数十センチの割合で街は消えていきます
原因は誰も知りません
運命だと言う人もいれば、
天罰だと言う人もいましたが
何に対する運命や天罰なのかの答えを聞く前に
それを叫んでいた人たちは、
真っ先に消えてしまいました。

お元気ですか
街が消えていくにしたがって、
街の働きもだんだんと失われていくようです
このごろはみな
人気のなくなった百貨店やら
扉の壊れた倉庫の中に
よくもこれだけと思うほどの食べ物や
飲み物や服が積まれているので
数日に一度、必要なものを少しずつ取りに行きます
誰もが同じことをするので
物は減っていく一方ですが
何しろそれでも使い切れないほどの量なので
全て消えてしまうまでには 十分持つだろうと思います


消えたものが戻ってくることは もうないだろうと思います
消えていくのが止まることも

誰もがそのことを知っているので

毎日
畑を耕したり
花を植えたりしながら
絵を描いたり
歌を唄ったりして過ごしています

まだ働いている人もいますが
例えば 最近まで
活版所で本が作られていましたが
何しろ働く人は少なくて
本もたくさんは出来ないので
時間の空いた昼下がりに
何人かが寄り集まって
詩や
物語を
読み聞かせあっているのを よく目にします
その印刷所も 一週間前に消えてしまったので
みな 同じ本を繰り返し読んでいます


お元気ですか
三日前に電気が停まったので
こちらではとても早起きになりました
採ってきた林檎を齧りながら
涼しい空気の中で朝日を見るのはいいものですね
夜には星もよく見えます
ああいうものも そのうち消えてしまうのでしょうか


このあいだ 街の消えた場所まで歩いていきました
このあいだまで街があったはずの場所はただ真っ暗で
境界に立つと
それがひたひたと打ち寄せてくるのがわかって
海みたいでした
僕もいつかは そうなるのでしょうね


インクが少なくなってきました
倉庫にはまだいくらもあると思いますが
もしかしたらもう無くなっているかもしれません
まだ色々なものが消えていなければ
またあなたに手紙を書ければいいと思います。
返事は 多分、必要ありません
ただ、
たまに思い出してくれたらと思います

この手紙があなたに届けばいいと思います
それでは お元気で。


自由詩 Country of last things Copyright Utakata 2008-01-10 03:37:35
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