ソクラテスの左側
悠詩
背伸びして掴んだギリシャ文字を
ノートの隅にしたためる
方程式をプログラムした紙飛行機
その切っ先は水銀の鍵ということを
疑いもせず
七時間目の学校
屋上の手すりから放つ
サッカーボールを踏みしだく男の子を越え
ファッション誌につながれた女の子を見下げ
空のはてに浮かぶ扉をあけ
忘れられた新しい世界を見つけることを
疑いもせず
円周率のはてにある柔らかさを
デルタを積み上げた川の冷たさを
知りもせず
見捨ててきた鍵穴は溶けていった
等身大の世界地図を描いた空き地の土管
かみなりの旋律を祈った階段の踊り場
エーテルのあやつる天動説を信じた八月の登校日
溶けていった鍵穴は見捨ててきた
背伸びしたつま先を見捨ててきた
輝かしい迷宮で見失ったわたしと
おなじ地面に立つことを忘れ
夢から醒めるための夢をみていた