面白人生講話(8)
生田 稔
面白人生講話
二つのメソド、つまり方策がある。リストアップ法と丼勘定法である。私達の携わる宗教では、戸別訪問による信者獲得の取り決めがある。聖書によると、伝える者がいないと聞く者がいないという単純な考えかだけに重心を置く伝道方法である。私たちは雨が降っても盆でも正月でも、たとえ嵐が吹こうとも。
この方法に頼る。
この僕の教会の責任者のYさんとある日意見が割れた。彼はきちんと訪問した家を記録して、留守であった家をつけておいて、後で訪問するのにリストアップ法がぜひ必要であるという。パーセントや総数の把握によるそのやり方にも欠点があるというのが私の言い分であった。
大体において人間というものは、数や理論や方式では解決のできないものなのである。
神だってそうではないかと僕は思う。カインとアベルの話が大体そうなのだ。アベルの供え物のほうが良いと神はおっしゃったが、何故なのかは神に聞いてみないとわからない。
つまりリストアップして聖書を解読しても神のお考えなどが分かるはずは無い。わかるまで待とうというやや丼勘定をしてかからないと分かるはずはない。
それで、私は日本人の昔からの丼勘定の利点を説きたかったのだが、若い彼には米国式リストアップのほうが良いと思えるらしい。本当のアメリカ式だとここで日本式も考えてみる余裕があるのだが、そういう風に硬いのが日本人。私も敢て丼を主張しなかった。そういうところが少し年をとっている所為だろう。まあこの文章もここまでであろう。
ずっと詩ばかり書いてきたのでどうもこれ以上は省きたい。