遺された朝
木屋 亞万
もう春なのか
私は暁を覚えていない
布団の底はじんわり温かく
一夜の体温の溜まり場
冬の朝はまだ寒くて
張り詰めた明星の氷が
体温で溶けてしまいそう
私が眠っていることで
誰の邪魔にもならなければいいのだけれど
寄り添うには低すぎて
佇むだけでも害する体温
窓を開けようと
触れた硝子に
手の形がついてしまいました
指紋だけが冷ややかに残りました
清潔な朝をこの手で汚してしまいました
部屋の空気は何度か
私に出入りしていたから
私の一部だったかもしれない
あの二酸化炭素には少し見覚えがある
空気の波が彼を運んで窓の外に消し去る
良い草花に会えるといいね
さよなら
外はまだ冬だけど
ほっぺたが乾いて少し痺れている
夜に猫と枕が舐めていたから
私には潤いが足りない
雪解けの甘みを含んだ水が欲しい
コップに入れた氷は
驚くほどに乾いていて
水の面影は少しもなかった
リンゴジュースを入れて
結露が着くのを待つ
顔見知りの水がチラホラ
私はそれをふた息で飲む
水道水で口をゆすいで
思い切り伸びをした後
もう一度ベットに戻る
足は床に温もりを
奪われていて
懐かしい温もりが
布団にはまだ残っていた