赤い風船
木屋 亞万

風が通り抜ける
身体を行き過ぎる
遠く西の方からやってきた
少し乾いて冷たくなっている
涙も雪も枯れてしまう
心臓を破く坂を越えて

壁のまえ足踏みするようにつむじ風
落ち葉を浮かべてすぐに手放す
私も一緒に巻き込んで欲しい
ひとしきり遊び回った後に
どこか遠く東の海へ連れていって

厚手のコートがめくられる
薄い白雲の隙間から濃紺の海が
冷たい水を南へ押し流していく
雲より速く東へ吹き抜ける
目の前から来る暖かい風に踏まれ
海面すれすれを飛沫を挙げて駆ける
赤いコートはまだ濡れていない

ついには海に弾けて沈んでいく
白い泡が私の中から上っていく
底へ向かう身体は南へ流される
いつだって途中で手放されてきた
感謝をしなかったからだろうか
許して欲しいとき近くに手はない

立ち直る予定もないのに
私を包む物語は終わってくれない
文字に身を任せても導いてくれない
暗い海の底に辿り着いたけれど
上がっていける気がしない
向こうにもっと深い底が見える

しゃがみ込む身体に聞き慣れた
喉元でつむじ風を起こしている声
後ろから頭を越えて耳まで届く
新しい赤い風船をひとつ持って
私に涙と雪を手渡してくれる

壁の前では今日何度目かのつむじ風
感謝を言わなくてはと思う
頭を撫でてくれる手がある間に
願う声より先に走るものがあって
赤いコートは初めて濡れた


自由詩 赤い風船 Copyright 木屋 亞万 2007-12-31 12:40:30
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