パリサイ広場にて
楢山孝介

街の中央にあるパリサイ広場にて
毎週水曜日の夜に
聞く者を癒してくれたり昂奮させたり
時には恋をさせるような歌を歌う女がいると
狭い我が家に住み着いている居候が言うので
気晴らしに見に行くことにした

広場に着くと聞こえてきたのは
女声でも歌声でもなく
聞く者を不快にさせる怒鳴り声
ひげ面で長髪の浮浪者風の男が
国や政治家や人間を断罪していた
居候をにらみ付けると
あれじゃない、あんなのは知らない、
と首を振った
あっちだ、と居候が指差した先には
頬杖をついて気怠げな様子で
石段に坐っている髪の短い女がいた

今日は歌えない、と不機嫌そうに女は言った
あんな奴がいるせいで、歌えない
歌えないからお金ももらえない
だから今日は泊まるところがない

声をかけた私に、女は不満そうにぶちまけた
金を稼げるほどの歌声なのか
少し興味を持った私は
うちに来ないか、と誘ってみた
居候は横で「そりゃあいい」と言った
「いや、おまえは出て行けよ」と私は言った
追い出したくなっていたところだった
歌いもせず、ろくに家事もせず、女でもない
そんな居候はもういらなかった
「そりゃあないよ、駄目だよ。
 この女の歌は、本当は全然良くないよ。
 実は俺聞いたことないよ。
 ここ来たのも初めてだよ」
支離滅裂なことを居候は言い出した
女は笑いながら、
「いいよ、久し振りに家に帰るよ」と言った
「友達追い出すなんて可哀想だよ」と付け足した
友達ってわけじゃないんだけどな

ひげ面の男の演説は終わりに近付いていた
彼を遠巻きに見つめる警官たちは
いつでも男を捕縛出来るように構えていた
私は去っていった女の背中を眺めながら
彼女の歌を聴きたい衝動に襲われていた
来週も来るのか、と女に訊けなかった

騒ぎになる前に帰ろう、と居候は言った
帰り道、私も何か歌おうと試みた
どんな歌詞もメロディも出てこなかった
演説していた男の顔や言葉ばかりが浮かんだ
悔い改めることなんてなかった
来週も行こうな、と居候は言ったが
女とは二度と会えない気がした

次の週を待たずにパリサイ広場は閉鎖され
歌声も怒鳴り声も聞こえなくなってしまった
居候はまだうちにいて
歌の練習を始めている
ただやかましいだけだ
来週までに少しも上手くならなければ
その時こそたたき出そうと思う


自由詩 パリサイ広場にて Copyright 楢山孝介 2007-12-30 11:29:48
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