神様のラーメン屋
日雇いくん◆hiyatQ6h0c
友人に連れられて、ぼくは近所でも評判の、はなまるというラーメン屋に来た。
「ここだね」
なんでも、ここはとあるライトノベルの舞台の元になったという、評判のラーメン屋なんだそうだ。
そのライトノベルは、インターネットの世界ではトップクラスの人気度を誇る超有名掲示板の常連の方が作者なんだそうで、その掲示板出身ということで一部では高い知名度を誇っているらしい。
その作者が、ここのラーメン屋をとても気に入っているというので、物は試しということでその掲示板に集う人たちが行ってみたところ、不思議な味になぜか癒されるという評判が掲示板に立った。
そして口コミが口コミを呼んで、けっこうな評判になっているらしい。
ぼくを連れてきた友達も、実はその超有名掲示板をよく利用している一人だ。
「もうさ、うまいだけじゃなくてさ、絶対癒されるって。マジだから」
友達は自信満々に言う。
彼は実を言うと僕が通っている高校のクラスメイトなのだが、普段から一緒に遊んでても、どことなく物静かな雰囲気を漂わせている。
大人びているっていうのかクールっていうのか、とにかく他のクラスメイトとは違って、めったな事ではこうはしゃいだりはしない。
その彼が、そこまでいうほどのラーメン屋って、いったいどんな店なんだろう。
ぼくは彼に説得され、興味しんしん、ここにやってきたというわけだ。
「わかったよ、とりあえず来たし入ってみようか」
「うん!」
この店の開店は午前11時から。
評判の店だと言うので、15分ほど早めに来てみたら、運のいいことに並んでいる人たちはさほど多くなかった。
このぶんだと、ぼくらは開店時刻と同時に、入店する事ができるだろう。
もっとも、わざわざ学校をズル休みしてまで平日を狙ってやって来たという事もあったのだが。
まあ、とにかく僕らは、自らの幸運に感謝をした。
「早めに来て正解だったな」
「ああ。でもちょっとでも油断して昼あたりに来てたら、こうはいかなかっただろうね」
「普段おとなしいお前がそこまで言うんだから、ホント期待していいんだな?」
「マジ期待してていいよ」
「絶対だな?」
「もしダメだったら、こないだとらのあなで買ってきたハルヒの同人誌、お前にやるよ。超人気で品薄なんだぞ」
「マジ? ってかお前いつ買いにいったんだよ」
彼が、ぼくの大好きなハルヒの超人気同人誌をひそかに買っていることも驚いたが、こうまで言われたら、正直期待せざるをえないだろう。
「へっへー」
いたずらっぽく笑う友達の、自信ありげな瞳がなんともにくい。
と、そうこうしているうちに、もうすぐ開店の時刻となった。
ぴかぴかの木造建築の門構えに備えつけられた、きれいに真っ二つにカットされた丸太の看板が、光沢も鮮やかにぼくらを見守っている。
「もうすぐだな」
「まったく待ち遠しいよな」
開店時刻になった。
店とぼくらを分断していたシャッターが、時刻と同時にゆっくりと開けられる。
ぼくらの気持ちを見透かしたようにじらされているみたいで、これもまたにくらしい。
「はやくー」
「焦るなよ。店は逃げやしないって」
やがてシャッターが完璧にひらかれると、店員が暖簾を持ったまま鍵を開け、
「らっしゃーい!」
そう掛け声をあげると同時に、ぼくらを招き入れた。
「それ!」
「よし!」
勢いよく店に入ったぼくらは、何事もなく席に着くことが出来た。
カウンター席しかない、店内の壁に貼られたメニューは一つだけ。
みんな、このラーメン目当てに殺到するのだ。
「ふるさとラーメン2つ!」
「あいよ! ふるさとラーメン2丁ぅー」
威勢のいい店員の掛け声と同時に、店内のあちこちで注文の声がこだまする。
たちまち店内は活気に満ちあふれる。
みんなの期待感も、限界まで高まった。
「はやく食いてえなあ、朝メシ抜いてきたからさー」
「バカだな、ちょっとは食べてくるのがいいんだよ」
「お前があそこまで言うからわざわざ抜いてきたんだよ。まあ期待はずれだったら同人誌はこっちのもんだけどな」
「大丈夫だよ、そんなのないから」
待つ間、お互いに軽口をたたく。
が、心のなかはもうふるさとラーメンのことでいっぱいだ。
軽口でも叩いてないと、どうにかなってしまいそうなのだ。
待つことしばし。
やがて、ラーメンとのご対面の瞬間がやってきた。
「お、もうすぐ出来そうだな」
「はやくー」
そうぼくらがつぶやくと同時に、店の奥から、ラーメンの丼を両手に持ってきた店員が、
「ハイお待ちぃ!」
威勢のいい掛け声とともに、待望のふるさとラーメンを勢いもよく出してきた。
見ると、鶏ガラがベースっぽい感じの、なんて事はない普通の味噌ラーメンだ。ただしにんにくを効かせてはあったが。
「やっぱこれだな!」
「なんか普通だな。いいにおいするけどさ」
「まあいいから食べてみなって」
「じゃあ、お前を信じて食べてみるよ」
促され、ぼくはまずスープを一口すする。
瞬間、合わせ味噌のやさしい風味が口の中に広がった。
今までに体験したことのない、なんとも言えない穏やかな気持ちが、ぼくをたちまち浮遊させる。
「……!」
次にズズッと麺をすすると、今度は口の中にプルンとした食感が踊り、一口噛むたびにやさしくて、それでいて歯切れのよい弾力がぼくの脳を刺激していく。
──うまい! うますぎる!
あとは二人とも、食べ終えるまでひたすら無言だった。
たちまち丼のなかの麺は、吸い込まれるような勢いでなくなっていく。
麺がなくなり、熱いスープを一気に飲み干すと、もう何も望むものはなかった。
気がつくと、友達の丼もほとんど空になっている。
すっかり満足げな笑顔をしていた。
そこでふと、ぼくは、小さい頃のことを思い出した。
あれはいくつのころだったろう。
親が転勤で、家族全員で北海道にいた頃のこと。
引っ越してすぐ、幼稚園に入ったんだった。
そこですぐ、同じ組の、やーこちゃんに恋をした。
思えばあれが初恋だった。
やーこちゃんは色白で丸顔のかわいい子だった。ぼくはみんなにからかわれながら、いつも一緒に帰っていたっけ。
公園でブランコしたり、かくれんぼしたり、そうだ、おままごとではいつもぼくが、やーこちゃんのつくってくれた砂の料理をすぐこわしてしまって、よく泣かれたんだったっけ……。
やーこちゃん、今頃どこでどうしてるのかな……。
「おい」
友達に声をかけられて気がつくと、ぼくはいつのまにか顔を涙で濡らしていた。
「泣くほどうまかったっケ?」
そういう、友達の顔も涙でぐしょぐしょだった。
おそらく彼も、同じような事を思い出したんだろう。ぼくは素直に言った。
「うん、なまらうまかったー」
「じゃ、涙拭いて出よっかヨ」
おしぼりで涙を拭き、勘定をはらって外へ出ると、ぼくらは店の看板を見上げた。
「なるほどー、この店で食べると、なつかしくてせつない事を思い出すんだわねー」
「そうよ、おかげで食べたあと、なまりがとれなくなるんだヨ」
「あーあ、ハルヒの同人誌取りそこなったわ」
「こんどとらのあな一緒に行こっかヨ」
そう軽口を叩きながら、ぼくらは、懐かしい思い出をくれたラーメン屋の看板をみて、また来ようと誓うのだった。
そのラーメン屋さんの看板には、こう書いてある。
ラーメンはなまる