井のなかの
佐々宝砂

そう、あんなところを抜けてゆくんだ。
寝ぼけた猫に道を訊いたってだめだよ、
古いゴミ箱の脇にいるちっぽけな蜘蛛、
テレビの後ろの埃にまみれたカマドウマ、
そんなやつらだって実は道を知らないんだ。

深い深い井戸の底には暗い水、
そんな水に地図が描かれるんだ。

黒い小さな世界しか知らない、
黒い小さないきものに訊いてごらん、
どこに行ったらあれが見つかるのかと、
あかるく晴れた青空の下で、
黒い小さないきものに訊いてごらん、
井戸のなかの蛙に訊いてごらん。

あいつはきっと静かに応える。
きわめて無表情に、
(もっとも蛙っていうのはたいてい無表情なもんなんだが)
黒くぬめる瞳だけをぐりぐりと動かして、
静かに応える。

深い深い井戸の底には星が映る、
あかるいまひるにも、
よどんだ暗い水には星が映る、

と。


自由詩 井のなかの Copyright 佐々宝砂 2007-12-16 18:31:13
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