暗闇の色味を塗り分ける(決して塗り潰すものではなく)
ホロウ・シカエルボク
凍えた指先にへばりつく意地だ
壊れた玩具に染み込んだ過去だ
廃れた音楽に閉じ込められた未来だ
硬く閉じた唇の中で四散した言葉だ
数えた死体の数は歳の分だけ
逃した獲物の大きさは身の丈と同じくらい
ここに無いものを真実と呼んで生きさらばえてきた
血の中に錆が混じる気がする
やがて全身を侵食していくんだ
すべての関節が濁音を交えて起動し始める前に
鼻先にぶら下げられた人参の様なこの断層を飛び越えることが出来るのか?
明日の朝はより寒くなる
明後日の朝は雪になるかもしれない
上空に寒気団が留まっている
だけどやつらはその気になればいつでもさよならと言うことが出来る
まあ
さよならと言うことが出来ないやつなどもしかしたら
この世に一人とて存在し得ないのかもしれないけれど
すでに死んだ人の数を数えて
明日生きる糧になるかどうかと考えてみた
生きていてくれたほうがよかった
生きていてくれたほうがよかったけれど
生きているときにはそんなこと考えもしなかった
それは取り分だ
と
日捲り暦が言う
これまでに聞いた
どんな言葉よりもじんとする響きがあった
一日ごとにやつらは命を削られているのだ
甘い世界は夢の中
瞼の中で目玉をぐるぐるさせながら
百万光年離れた幸せの夢を見た
幸せの夢はぐるぐると回りながら
ダウン系の薬の様に俺の脳髄に気だるいフィルターを差し込んだ
甘い世界は夢の中
おお
現実感が嫌な色味の糖分に犯され始めてるぜ
飢えた蟻が目ざとく匂いを嗅ぎつけて
俺の身体を這い回り進入口を探す
生きることしか考えていないやつらは食いもんにかけちゃ滅法強い
それがおぞましい光景だなんて思いつきもしないんだろうぜ
俺は好きにさせてやる
夢が覚めればこの蟻もそっくり居なくなっちまうんだろう
感覚は不在を誤魔化すために在るのかもしれないな
冬に掻く汗のことを考えたことがあるか
冬に掻く汗には封をして置くべき事柄が詰まっているんだ
冬に掻く汗はどこかに流れ去ってしまうという認識すらないから
落し物の様にそいつらのことを忘れることが出来る
本来冬は汗を掻くべき季節ではないのだ
秘密裏に処理されなければ
神経がショートしちまうような出来事だってあるだろうさ
探さないほうがいい
気付かないほうがいい
何のために秘密があるのかってことについては考えすぎるほど考えてみたほうがいい
忘れることが出来なければ人間はおかしくなっちまうそうだぜ
雨戸を閉めたら確実に孤独になれる気がしないか
それは部屋の中に確実な暗闇が出来るからなんだ
俺たちは自分で思っているよりもずっと
感受性ってやつを存分に振りかざしているのさ
孤独ってやつは誰が考えたって
きっと黒に近けりゃ近いほどしっくりくるんだろうな
孤独というものについては特別考えることはない
考え事をするにはもってこいの
機能的な側面だってある
俺が部屋の中を暗くしたのは
様々なものに感覚的な色があるって話をしたかっただけのことだ
昨日の会話の数を数えてみたかい
その中に
心を震わせるような言葉はいくつかあったかい
良いほうにでも悪いほうにでもいい
心を震わせたり騒がせたりするような出来事が少しはあったかい?
それはせせらぎのようなものだった
誰の足元も濡らさない
誰も渇きをも潤せない
小さなせせらぎのようなものだった
良い悪いじゃない
言葉というのは本来日常に吐き捨てられるリズムのようなものだ
耳を澄ませてみろ
その中にある響きを聞いてみろ
心の中までは届かないから
聞こえてくるものがたくさんある
拾い上げるほどのものでも無いことは二つ三つ摘んで見れば判るだろうさ
だけどそうと知りながら見過ごすのと
何も知らないまま見過ごすのとじゃやっぱり違うものなんだ
そして朝が来るまでには
暗闇の中で覚えたことはみんな忘れなくちゃいけない
暗闇の中で覚えたことを明るい光の下まで持っていくと
お前の人格には足りないものがいくつも出来てしまう
それは自分を虫食いパズルに仕立てるようなものだ
関心が付加されない問いは
宙ぶらりんのままどこかへ返されるのみだぜ
朝が来るまでには暗闇の中で覚えたことはすべて忘れるんだ
記憶することが大切なんじゃない
それが一度身体の中を通り抜けたかどうかということが大事なんだ
窓を開ける前にそのことについて考えなくてはならない
太陽と月の間には入れ替わるものが必ずある
正しく話すことは出来るか
正しく伝えることは出来るか
宣教師の様に愚直に
アジテイターの様に下世話に
内側でぐずぐずと錆びていくものたちを
白日の下に吐き出すことが出来るか
飲み込んだものを吐き出すことは
痛みを知る上では必要なことだ
痛みを知ることが出来なければ
すべての昼と夜はきっとごみ箱に頬り投げられて終わるだけになってしまうんだぜ