ありがとう
佐々木妖精
言葉がなければ考えることはできないなんて、大嘘だ。
誰かに見える形で考えを伝えるツールとして、言葉があるだけ。
言葉は思考を変換するツールとして最も優れているが、思考は言語では行われない。
思考は思考そのものであって、言葉という音でも文字という映像でもない。
言葉の多寡、使い方の上手い下手は変換における適性の問題で、思考能力の問題じゃない。
例えば言葉を上手く紡げない人は、考える能力が低いのではなく。
考えていたとしても、ちゃんと考えていますよと、他の人に示すことができないだけ。
場合によっては、画家は絵を描くことで考えを映像に変換し、他人に見える形で思考を表していると言えるかもしれない。
だから
思ったことをそのまま表してくれるツールがあればいいって。
ずっと空想していて。
どこから入ったのか分からない大学で
そんなレポートを書いて
ほら
こうして
頭にあることを
言葉にしようと狙いすましても
ズ
レ
て
し
ま
掴もうとしても掴もうとしても零れてしまう
空を掴み続ける感触に耐えられず
記憶が凍りついたあの日
思いついた言葉を手当たり次第に刺し続け
死んだ人の顔と声に頭を埋め尽くされて
今まで出会った悪いことが同時に目の前で起きて
友達に
抱きしめられ
止めてもらえて
トイレでビールとジンライムを吐きうずくまり
嬉しくて少し泣いた
迷惑な客が
あれから6年経った今も
きみのことは忘れていない
ありがとう
ありがとう
それだけはどういうわけか
さっきズレを感じていなかった