重ね
鴫澤初音
痣が むこう三軒隣りのお姉さんの腕に塗り込まれていた
(おはようございます)
そう 言わずに 黙礼を交わし合って 互いの痣を青く
見つめあう
朝 白い花がはらはらと二人の間で 音も
たてずに 落ちていった
学校へ行く 鞄を肩にかけてそれが ひんやりと
まだ少し 寒い空気に湿っていった
お姉さんは 不図微笑んで 唇の端にできた血の固まりを
ぽろぽろと落とす (夜には)
お姉さんの悲鳴を うっとりと
聞いている
窓枠に 頭を押さえつけられて 痛みを
舐めながら
隣り三軒で お姉さんが同じく痣を また産んでいるのだと
切れるような悲鳴を 聞きながら
考える
静かに 流れていく日が ゆっくりと 沈んでいく
泣いている お姉さんの声が 耳の奥で
こだます
朝 お姉さんと黙礼をかわし
夜 お姉さんの悲鳴を聞いて
朝 あちこちにできた痣を知り
夜 殴られることを穏かに受けとめる
朝
夜
朝
夜
交互で訪れる
ゆっくりと 土を 踏む ここにあった日常が いつか
滲んでいく 彼方
憶えていたかった 自身の
眼を閉じては 開ける
唾を飲み込む 咽喉の奥が 熱く
痛かった
こと
朝 お姉さんはどこにも いなかった 不図 笑った口元から
ぽろぽろと 消えていく 影 軒下の緑に水をやっていた
愚図愚図 していた
教科書を開けようとして 糊で貼りつけられた目蓋が
泪で腐って 黄色く変色していた 膿が
唇まで 垂れていく
朝 誰かがゆっくりと 頭を下げる 黒い
服を着て (おはようございます)と
唇をそっと動かすのを 見る 三軒先
朝日が その時も 射していて
白い花が はらはらと 音もなく 落ちていった 足元
憶えていて
お姉さんが人差し指で 背中に書いた 文字
朝
夜
朝
夜
いつも一緒だった
過ぎていく日々 あちこちにできた青い痣 それだけが
増えたり 消えたり 変わっていった
日差しが開けた眼に 少し痛かった 白く 花びらが
朝日に 溶けていった 悲鳴