アンテ


                        10 底

台所じゅうの素材を総動員して
片っ端から料理に変えていく
野菜たっぷりの炒め物
肉たっぷりのシチュー
ハムやシーチキンてんこ盛りのサラダ
各種お鍋
麺類は品揃え豊富だ
卵がもっとあればよかった
テーブルが一杯になったので
次々と胃袋におさめる
ばりばりぼりぼり
ばりぼり
ぜんぶ平らげて
食器や鍋やフライパンを洗って
作業再開

黒猫が埋まっているはずの場所に
死体はなかった
代わりに
ドロップの缶が出てきた
おはじきといっしょに
詰まっていた写真
黒猫を抱いた女の子
が笑っていた

四サイクル目で
材料が尽きた
果物やデザートにかぶりつき
ジュースに紅茶
コーヒー
それでもまだ
おなかいっぱいにならない
蛇口から直接水を飲む
顎から喉を伝って
ワンピースを濡らす

現在と記憶が同列だから
歳を取るほど
今 の重みが薄まって
なんにも感じなくなる
そんなカラクリならよかった
身体が半透膜でできていて
あたし
がゆっくり外へしみ出して
ついには
世界と同じ濃度になって
それきりなんにも変わらない
そんな仕組みならよかった

かちっ

裸になる
お風呂を沸かして
浴槽に身体を横たえる
あれだけ食べたのに
おなかは平然としている
換気扇そっくりな顔が
天井からこちらを見下ろしている
身体が重い
だんだん沈んでいく
蛇口みたいな
明かりみたいな
ドアみたいな


じっとこちらを見ている
水面がゆっくり上がってきて
視界を呑み込む
浮遊感
髪が舞う

なにも感じなくなりたかった
理由
本当はわかっていた
だれかの体温をいつも
そばに感じていたくて
でも人と関わるのは嫌で
自分で自分に優しくする
ためには
そうするしかなかった
なにも求めない
だれも望まない
でも独りにはなりたくない
そう
窓がいっぱいある
長い長い回廊
に一人で暮らしていたかった
窓のそとで
人がたくさん暮らしている
でもだれも入ってこられない
そんな約束
が欲しかった

見上げると
水面の向こう側
光の合間で揺れながら
浴室の輪郭は崩れてしまって
もはや識別できない
耳のなかを音がくすぐる
気泡がのぼっていく
光が弱まって
影の領域が広がっていく
このまま沈みつづけて
いつか
底にたどり着くのだろうか
とても静かだ
暗がりのなか
なんだろう
あたしのおなかが
ぼんやりと光っている
手をのばす
指で撫でてみる
もしもし
もしもし
たしかに
あたしを呼ぶ声が
おなかの内側
もしもし
薄い肌を隔てて
あたしの名前を
くり返し呼ぶ
懐かしい声
もしもし
あたしは
うなずく

あたしは
何度もうなずく



                          連詩 観覧車





未詩・独白Copyright アンテ 2007-12-08 09:52:21
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