東京
久遠薫子
寒風に手指をかばう
待つとも待たないともいえぬ朝まだき
冷え切った空気が
空高くから透明に降りて
ちいさな公園の
遊具に残る最後のぬくもりを絶やす
ほぅ、と湿った息を吐く
団地の側面上部に凍える
番地表記の数字を
低い陽射しがゆっくり
ゆっくりと撫でる
融かしていく
暖色の白
どこかで鳥はみつめる
ゆうべりんごをむいたら
蜜がたっぷりだったよ
毎晩 死んで
毎朝 生きる
とても正しいと思う
そんなことも たしかに
あった気がする
滲ませてしまおう ラインなど
いくつもの
忘れられないものごとで
この体はできている
眠れない夜のあいだに
凝り固まった背中を
眼から
耳から ゆるめて
冷たく真新しい空気は
胸の途中までしか吸えず
血のかよわない指先までは届かない
遠く かすかに電車の音が聴こえる
額やこめかみで
脈打ちつづける記憶
早朝の陽射しをあびて
黄金色に輝く木々の
どこかで鳥がさえずり
わたしは暖かく湿った息を吐いて
忘れていたものごとを
ほんのすこし 思い出す
そういうふうにできている
たぶん
それでもいいのだと思う