アンテ


                        9 街

なんにもない世界
を思い描けないのは
きっと
執着がない
せいなのだろう

高いビルの上から見渡した街は
とても静かで
どこにも変わったところがない
のは気のせいだろうか
空気がけむっていて
果てが見えない
消えるもの
留まるものの差は
なんだろう
手をのばせば届きそうな
雲の流れ
永遠にたどり着けそうにない
遠い街並み
ゼロ
かちっ
あたしの声が
またスイッチを押す

ずいぶん昔のこと
飼っていた金魚が死んだ
水槽の蓋の
すき間から飛び出して
床に横たわっていた
何度も跳ねた跡があった
だんだん減って
一匹もいなくなって
空になった水槽を
片づける間
成美は無言だった
あたしも無言だった

ち・よ・こ・れ・い・と
階段を降りる
ぐ・り・こ
陽が西へ傾いていく
きっと
たくさんのものが
消えてしまったのだろう
かちっ
ここにあるものは
要らないものばかりなのだろう
最後はあたしだけになるのだろう
この辺りにマンションが
あったような
街路樹が少ないような
さっきから誰ともすれ違っていない
ような
気がする

かちっ

土手から落ちて
病院に運び込まれて
成美は二箇所骨折して
しばらく一人で立つこともできなかった
学校の友達が
一人もお見舞いにこなかったこと
聞けなかった
時期が来れば自分から
話してくれる
退院の日
警察がやってきて
成美から事情を聞いた
後ろから突き飛ばしたという
クラスメートの話を
最後まで否定しつづけた

なぜだろう
成美の思い出は
どうして
一言もしゃべらない場面
ばかりなのだろう

父の住むマンションは
いちおう存在していた
エレベータのボタンが
その階だけ消えてなくなっていて
階段を登っていくと
通路が壁で遮られていた
まだ小さな成美が
何度も何度も登ったり降りたりした
階段が
ずっと続いている
そう 確か
黒猫が心配そうに付き添っていた
あの仔の名前
なんだっただろう

かちっ

花でも買って帰ろうか
もうずいぶん髪を切っていない
通いなれた道のり
のはずなのに
店にはたどり着けなかった
いくつか通りが
曲がり角が
なくなっているような気がするけれど
まあいいや
河原で花を摘んで帰ろう
前髪くらい
自分で切れば

かちっ

視界をだれかがよぎる
女の子
成美
のはずがない
だって
あの娘はもうすぐ二十歳だもの

追いかけなければ

足が動かない
一歩も進めない



                          連詩 観覧車





未詩・独白Copyright アンテ 2007-12-06 00:05:03
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