有邑空玖

暗い夜の底に閉じこめられているみたい
そう云えば夢を見ていた
金色の光なんて何処にもなかった
君の名前は悪夢と云うの


爪先から秋になろうとしていた
金木犀が散る紫の夕暮れ
手を伸ばせば触れられそうな距離に君がいて
それでも届かないこの隔たりを何と呼べば良い?


鉄塔の向こうに飛行機雲
蝙蝠が放物線を描く
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
燃えるような彼岸花


凡ては幻だった
酷く不愉快だ
「そうしなければならないのなら」
手を振って告げるべきだった


夏から遠く離れて
茅蜩ひぐらし 喧噪 空の果て
過ぎ去る毎日に
掻き消される思い出


この手を振り解いて
何処へ行ってしまったの
紫の夕暮れ
鉄塔を呑み込んで


サヨナラの記憶
紡ぎ出す追想
どうしても
君の声が離れない左耳


一切は無駄じゃなく
蓄積されていくのだから
明日のあたしを作り上げるのは
昨日の涙とかそう云うものたち


哀しい寂しい嬉しい楽しい
全部いらない
君が持って行ってしまった
あたしの羽根の片方かたっぽ返して


もう一度飛べるはず
何度でもやり直せるはず
出口は何処?
微かに見えるあの光は?


戻れるのならあの夏の入り口へ
今度は間違えないように気をつけるから
目を閉じて 耳を澄まして
注意深く息をするの


君の名前は悪夢と云うの
決して消えない傷口に似た
醜態を曝している生きもの
仲間外れは誰だ?


もう帰らなきゃ 可愛い悪夢
目隠しを解いてはいけないよ
夜の底から更に底へ
どんな夢を見ていたんだっけ?



自由詩Copyright 有邑空玖 2007-12-05 21:20:28
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