ブラジルの穴
Tsu-Yo

地面を掘り続ければブラジルに行ける
そんな話を簡単に信じる子供だった
なにひとつ疑うことなく
銀色のバケツに小さなスコップを入れて
近所の公園へと向かった
掘る場所といったら砂場に決まっている
陽の光が眩しい午後の早い時間から
きみは夢中で砂場を掘りはじめた
砂はさらさらともろくて
掘ったそばから崩れて埋まってしまう
それでもきみは必死に
掘って掘って掘りまくった
ブラジルに行くのだから
自分が通れるくらいの穴じゃなきゃだめだ
はじめはスコップで
それからバケツを使って砂をかき出した
どれくらいの時間
きみは掘り続けていただろうか
穴はすでにきみが胸まで
すっぽり入れるほど深くなっていた
突然バケツの淵が何か固い物を叩く
なんだろう
きみは固い物の周りの砂を手で払いのける
出てきたのはコンクリートだ
そこで砂場は終わっていた
ふと気がつくと
空の色はもう赤から群青へと
変わりはじめていた
そのとき公園の入り口の辺りから
きみを呼ぶ声が聞こえてきた
きみはすぐにそれが誰の声か分かった
おじいさんだ
帰りが遅いから探しに来たんだ
怒られると思ったきみは
砂場から動くことができなかった
だが砂場へやって来たおじいさんは
きみのことを怒りはしなかった
砂場にぽっかりと開いた大きな穴を見て
ほほうと笑いそれから
ずいぶんと掘ったな、すごいぞ
と言ってきみの頭を撫でてくれた
ほめられたきみはだが
わっとばかりに泣き出してしまった
そうだ、ずいぶんと深く掘ったんだ
それでもブラジルにもどこにも
自分はたどり着くことができなかった
悔しさで涙がとめどなく溢れ出てくる
頬についていた砂が涙とともに
口の中へと流れ込んできて
じゃりじゃりと音を立てた

地面を掘り続ければブラジルにいける
そう言ったのはおじいさんだった
そのおじいさんも数年前に
ブラジルより
もっと遠い場所へと行ってしまった
今ではもうすっかりと大人になったきみは
ブラジルへの正しい行き方を知っている
それでもあの日のことを思い出すたびに
心のなかに今でもぽっかりと
大きな穴が開いているような気がするのだ



自由詩 ブラジルの穴 Copyright Tsu-Yo 2007-12-05 18:39:14
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