突き刺さった破片はそう簡単に抜けそうにない
涙(ルイ)
小奇麗な言葉で曖昧にごまかすのには
もうほとほと 疲れてしまったから
そろそろ本当の話を始めましょうか
身もふたもない 本当の話を
忘れもしません
あれは私の保育園最後のお遊戯会の日でした
とおさん そんな日でもあなたは機嫌が悪くて
朝から些細なことでカッとなって
かあさんが今日のために用意してくれたお弁当のおかずを
次から次へと床に蹴散らしていきましたね
それから髪の毛を鷲掴みにして 顔が腫れ上がるほど
何度も何度も殴り続けましたね
私は怖くて 驚いてしまって
声をあげることも 助けることも何も出来なくて
何が起きてるのかも うまく理解できないまんまで
結局 お遊戯会は欠席になりました
かあさん あなたは何も云わず私の手を引いて
そのままタクシーに乗りこんだのでしたね
たどり着いたのは隣町の小さな映画館
人気の少ない劇場の片隅で
二人 声を殺して泣きましたね
スクリーンからは大音量の音が流れていたのに
誰の耳にも届きやしないのに
こみ上げてくる涙が喉を締め付けて
息を漏らすのがやっとやっとで
床に落ちた卵焼きがからあげがたこさんウィンナーが
こんなときでもケンカする両親が
小刻みに震えるあなたの肩先が
顔に残った青あざが 体中の痛みが
あなたを殴り続けながら 笑っていたあの男の顔が
何もできずにただ怯えるしかできなかった私が
震えるあなたの手を握り締めようとした時
すっと振りほどいたあなたが 何より悲しかった
こんなことを云っている私はきっと
どうかしているのでしょう
面の皮が厚いのですよ
恥を感じる頭がないのですよ 図々しいんですよきっと
子供のころから云われてきました
そうですね きっとそうなんですよ
だけど私にはいまだによく解らないんですよ
何が正しくて何が間違いなのか
何を信じればいいのか まったく解らないんですよ
こんなこと云ったら また嫌われてしまうでしょう
また背中を向けて どっかへ行ってしまうでしょう
でももういいんです それでもいいんです
かあさん
あなたの悲しみくらい 痛いほど解っていたつもりでした
解っていたから 何も云わないほうがいいんだって
自分さえ押し殺していればいいんだって
ずっとそんなふうに思ってきたけど
いくら見ないふりしたって 忘れたふりしたって
思いが消えてなくなるなんてことないんですよ
それで救われるなんてそんなこと 絶対ないんですよ
二十年も過ぎた今でも あの頃の映像が鮮明に蘇ってくるんですよ
そのたんびに 楽しいことも楽しんじゃいけないような
なんだかひどい罪を犯してしまってるような気がして
呼吸するのもままならないんですよ
どうやって生きていったらいいのか 全然わかんないんですよ
出来ることなら逃げ出したいですよ
いっそ何もかも終わりにしちゃいたいですよ
けど そんなこと出来ないから
やっぱりおっかなくって出来ないから
だから だからせめて詩でくらい
本当の話をしたいのです
ただただ 声をあげて
泣きたいだけなのです
ごめんなさい
本当にごめんなさい